第弐楽章│火葬ディストピア

第弐楽章の表紙

■#001│遠のく意識の中で

 ももたろうは閼伽凛皇女(アカリンコウジョ)にかける言葉が思いつかず、先ほどから逡巡していた。その空気を察してか、先に沈黙を破ったのは閼伽凛皇女の方だった。

「もし、勇者様。お名前は?」

「勇者ってガラじゃないけど、わたしは星屑村のももたろう…」

 『星屑村』という言葉を聞いて、閼伽凛皇女が過剰に反応する。

「えっ!?ももたろう殿は星屑村の方なのですね!それでは、ヒャ=ダイン・サントハイムという人物にお心当たりはございませんかっ!?」

「へ?いやぁウチの村にはそんなハイカラな名前の人はいないと思うけど…」

「ひょっとするとヒャ=ダイン・ケノービと名乗っているかもしれません。父の古い友人で、剣の達人なのです。実はわたくしと侍従長は、その方を訪ねるためにこれまでずっと鬼から逃れて旅をしてきたのです」

「そのヒャ=ダインなんとか、という人は星屑村に住んでいるの?」

「はい。あくまで憶測にすぎませんが」

(ウチの村にそんな人いたかなぁ?そもそもヒャ=ダインって何人なの?)

 星屑村はせいぜい数百人規模の小さな村だ。だから村人同士、大抵はお互いに顔見知りである。そのように西洋風の珍しい名前の人物が暮らしていれば、おそらくももたろうの耳にも入っていたであろう。

 ももたろうは残念ながらその人物には心当たりが無いと告げ、ひとまず閼伽凛皇女を連れて星屑村に帰ることにした。侍従長の亡骸を埋めると、ももたろうと閼伽凛皇女は馬車で星屑村を目指した。

 道すがら、閼伽凛皇女はこれまでの成り行きをももたろうに話して聞かせた。それらを簡単にまとめると以下のようになる。

○ヒャ=ダイン・サントハイムという人物は、青き丘の国で最強とうたわれた剣士のひとりだった。

○ヒャ=ダインは今から十六年ほど前に富国有徳王の密命で旅に出たらしいが、それ以降の足取りは不明である。

○昨年、青き丘の国の王城である『破魔待城(ハママツジョウ)』は魔界の鬼族に包囲された。その際に、富国有徳王は閼伽凛皇女にヒャ=ダインを探し出して、連れ戻るように指示をした。

○閼伽凛皇女は十人くらいの手勢を連れて鬼族の包囲を強行突破。城を脱出することに成功した。そして、旅を続けているであろうヒャ=ダインを連れ戻すため、彼の行方を追いかけた。

○しかし、残念ながら閼伽凛皇女がヒャ=ダインを連れ戻す前に王城は陥落し、国主である富国有徳王は討たれてしまった。

○そして閼伽凛皇女の方も幾度となく鬼族に追撃され、つい先ほど最後に残った従者を失ったというわけだ。

「なるほど。そんなことがあったのね」

「今さらヒャ=ダイン殿を探し出すことが出来たとしても、もう手遅れかもしれないのは分かっています。ですが、もし彼がわたくしに力を貸してくださるのであれば、国を奪った沙羯羅竜王(シャカツラリュウオウ)の支配から民を解放したいと願っているのです」

「そうですか…」

 そんな会話をしながらも、実はももたろうは閼伽凛皇女の美しさに見とれていた。その美しさは感嘆に値するなと、本心からそう思った。

 閼伽凛皇女の身長はおよそ165センチ。すらりとした四肢に白磁を思わせる透明感のある肌が特徴だ。顔のパーツとしては、少しぽってりとした唇が愛くるしい。澄んだ瞳はどこまでも理知的。そして凛々しい眉毛に、その意志の強さのようなものを感じさせた。

 一方のももたろうはというと、身長は155、6センチ程度しかなく、なにしろ自然が豊かな里山の中で育っているため、おしゃれなどには縁が無い。都会の女性ってこうなんだぁ、と感心しきりであった。

(やっぱり高貴な生まれの人は違うなぁ。こんなに綺麗な人は今まで出会ったことがないわ、いやマジで…)

◆   ◆   ◆

 それから15分ほど進んだだろうか。ももたろうたちを乗せた馬車は『尼狐道(ニコドウ)』と呼ばれる街道の手前に差し掛かったが、そこでふたたび鬼の襲撃に合う。

 先ほど追い払った鬼たちから『すげぇ強い奴が助っ人になった』というような情報が入っているのだろう。今回の鬼たちは万全の態勢で襲って来たのだった。

 統率の取れた十騎ほどの騎馬が左右から襲ってくる。ももたろうは馬に鞭を打って馬車を加速させたが、スピードでは騎馬にかなわない。

 ももたろうは先ほどの鬼から奪った六角鉄棒を使って追手の攻撃をことごとく払いのけてはいたが、沈黙させられるのは時間の問題だと思われた。

 そして、ついにその時がやってきた。

 何度目かの斬撃が打ちおろされた時、ももたろうはついにバランスを崩して馬への指示を誤ってしまった。その結果、4頭の馬は折り重なるようにしてその場に倒れこんでしまった。

 ももたろうは馬車が横倒しになる刹那、閼伽凛皇女を抱きかかえるようにして馬車から空中に向かって飛び出した。

 生まれつき体が柔らかく、幼少から新体操やダンスで鍛えていたももたろうは、空中での姿勢制御に多少の自信があった。しかし、さすがのももたろうでも、この状況では着地を綺麗に決めることができなかったのである。

 閼伽凛皇女をとっさにかばったために、右肩から地面にたたきつけられた後、ふたりは抱き合った状態のままゴロゴロと棒きれのように転がった。

 それでも、ももたろうはすぐに立ち上がると、自分を鼓舞する意味もあって大声を張り上げた。

「わたしは星屑村のももたろう!死にたい奴はどっからでーもかかってこいッ!」

 その時、すでにももたろうは右肩を脱臼していた。使えるのは左手一本のみ。加えて頭からの出血が右目の視界を奪っていたため、戦闘力は著しく低下していた。

 周囲をぐるりと取り囲んだ鬼たちが一斉にももたろうに飛び掛かる。鬼たちの雑な攻撃がももたろうにことごとくヒットした。それでも武器による攻撃が無かったことが幸いして、どれもが致命傷にはならなかった。そしてフルボッコにされたももたろうは、その場に崩れ落ちた。

 鬼たちはももたろうに反撃する力は残っていないと判断し、目標を閼伽凛皇女に変更した。

(やめろ…その人に…手を出すな…)

 残念ながらももたろうは、すでに言葉を発することさえできなくなっていた。

 ひとりの鬼が閼伽凛皇女に手をかけようとしたその瞬間、輪の外にいた数人の鬼たちが一瞬ではじけ飛んだ。

 その場にいた全員が一斉に振り返ると、そこにはフード付きの黒いマントをはおった男が光る剣を構えて立っていた。

 そして鬼たちを次々と切り伏せ、あっという間にその場を制圧すると、少し芝居っ気まじりにこう言った。

「安心せい。峰打ちじゃ」

フードを被った光る剣を構える男のイラスト

 ももたろうは遠のく意識の中でその剣士の顔を見る。

(あれは…炭焼きの内山田さん…?てゆーか、その剣の峰ってどっち側だよ…)

 そしてそのまま気を失ってしまった――――。

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