■#001│怪盗五人女
ももたろう一行は、ついに白光音峠(ハッコウネトウゲ)を越え、野逸(ヤイツ)の港街へ到達した。
この野逸港は、青き丘の国の中部に位置しており、古くから漁港を中心に発展し、遠洋漁業や水産加工業で全国的に有名な街である。
ももたろうたちが埠頭で休憩していると、数人の童たちが駆け出してきた。
「なにして遊ぶー?」
「じゃあ『怪盗五人女(カイトウゴニンオンナ)』ごっこしよう!」
「オッケー、んじゃ誰が『庄之介(ショウノスケ)』役やる?」
「オレが庄之介やるよ!」
「いやオレが庄之介やるよ!」
「いや、ここはオレが庄之介やるよ!」
最後に手を挙げた童が残りの二人を見やると、二人はニヤリとしながら最後の童にこう言い放った。
「どうぞどうぞ!」
ももたろうにはそのやりとりが偶然発生したものではなく、何度も練習を重ねた一連のお約束のように感じられた。
そして意味が分からなかった点をイヌの少女に訊ねてみた。地元出身のイヌの少女になら、その意味が分かるのではないかと思ったからだ。
「ねえ、れにちゃん。『ショウノスケ』って誰? 有名なの?」
しかしイヌの少女の返答は期待外れなものだった。
「さあ? あたしも知らない」
その会話にキジの女の子も加わった。
「子供たちが取り合いするくらいですから、きっと人気のヒーローか何かなんでしょうね」
そんなことを話してると、白髪頭を短く刈ったオヤジさんが一行に話しかけてきた。
「ショウノスケというのはね、『怪盗五人女』に登場する生田庄之介(イクタショウノスケ)のことですよ」
「えっ?こ、こんにちは。ええと『怪盗五人女』って何ですか?」
「おや、ご存じない? 『怪盗五人女』というのは江戸時代の浮世草子でね。主役の生田庄之介は十一代目市川海老蔵梨 (ジュウイチダイメ・イチカワエビゾーリ)の当たり役なんですよ」
ももたろうは一瞬ポカンとして、イヌの少女に質問した。
「知ってる?」
「いや…」
そんな二人を気にもかけず、オヤジさんは話を続けた。
「物語のクライマックスで海老蔵梨が見せるエビ反りがね、これまたすばらしくてねぇ。さすが羽田屋のお家芸だねぇ」
その輪の中に閼伽凛皇女も加わってきた。
「あら、随分とシブい趣味を持った子供たちですこと」
「あの子らは全員戦災孤児でね。私が親代わりになって育てているんですよ。親の無いあの子らにとっては海老蔵梨はヒーローなんですよ」
「ええっ、いまどきの子どって、『鎧武(ガイム)』とか『トッキュウジャー』なんじゃないの?」
「ほう。聞いたことのない演目ですな。それは歌舞伎ですか?ひょっとして浄瑠璃などですかな?」
「えっと…ああ!それよりオヤジさん、大勢の子どもを引き取って大変ですねぇ…」
「ん?そうですなぁ…。実は私『ちびっこハウス』という孤児院で院長をやってましてね。ありがたいことに善意の寄付があるお陰でどうにかこうにか暮らせているんですよ」
「まあ、そうだったんですのね…。これは些少ですが、あの子たちに何か食べさせてあげてくださいな」
「おお、これはかたじけない。ありがたく頂戴するよ。それではお嬢さんたち、ごきげんよう」
孤児院の院長を名乗るオヤジさんを見送ると、ももたろうたちは昼食の採れる場所を探した。街をうろうろしていると一軒のハンバーガーショプが目に入った。星屑村にはそういったハイカラなお店がなかったから、ももたろうのたっての希望でお昼はそこへ入ることになった。