■#001│ニンゲンの言葉
野逸港に鬼たちが上陸を開始してからまだ五分ほどしか経ってない。にもかかわらず、鬼の集団はもう街の裏手にある山あいに移動し、配置を済ませつつあった。
その手際の良さから、かなり訓練されている集団であることが見て取れた。
逃げ遅れた街の人たちは建物に隠れたり、草むらに伏せたり、とにかく物音を出さないように息をひそめて成り行きを見守っていた。
その様子は野逸コロシアムにいたももたろうたちからもよく見えた。
そうこうしているとモンキーマスクがふらっと立ち上がり、救護室の外に向かってスタスタと歩き始めた。
そのことに気がついた店員さんが驚きの声をあげた。
「あっ、詩織っ。どこへ行くの、危ないからじっとしていなさい」
「いや、アヤカ姉ちゃん。アイツらはオラに用があるんだよ」
鬼たちは山あいにある孤児院、ちびっこハウスを包囲すると、街全体に放送を流してきた。
「ピンポンパンポーン。我々は沙羯羅竜王(シャカツラリュウオウ)様配下の竜の穴(ドラゴンピット)海兵隊であーる。モンキーマスクに告ぐ。直ちに武装解除して、我々の前に出頭せよ。一時間だけ待ってやる。しかし期限を一秒でも過ぎた場合には、戦災孤児たちをすぐさま両親の元へ送ってやる。繰り返す、我々は…」
「その必要はねぇっ。オラはここダァ!」
そのやりとりを聞いてももたろうは驚いた。なぜならば、鬼が自分たちと同じ言葉を話していることに気がついたからだ。
「鬼がわたしたちの言葉をしゃべってる…」
「本当だわ。言葉を話す鬼なんて、あたし初めて見るわ」
「自分も初めて見るでありやす」
モンキーマスク、つまりサルの若大将が姿を現すと、隊長らしき鬼が前に出てきた。隊長の名前はミスター影道(シャドウ)というのだが、ももたろうはかつてこれほどまでに邪悪に満ちた存在と対峙したことはなかったであろう。
ミスター影道はまるで全身に筋肉の鎧をまとったようなマッチョマンで、頭には二本のツノが生えている。眼光が猛禽類のように鋭く、恐ろしいまでに冷たい視線をサルの若大将に浴びせてくる。
「逃げ出さなかったことだけは褒めてやろう、モンキーマスク。だがな、沙羯羅竜王様はことのほかお怒りだ。今夜お前がFBCに現れるはずだから、死なない程度に痛めつけてから連れてこいと仰せだ」
ももたろうもすでに救護室を離れ、ふたりの会話が届く位置に移動していた。ミスター影道とサルの若大将との会話から、ももたろうは断片的ながらも次のような情報を得ることができた。
○モンキーマスクは動物園の猿山の前でケンカをしたのがきっかけで、悪役フードファイター養成機関『竜の穴(ドラゴンピット)』にスカウトされた。
○モンキーマスクは『竜の穴(ドラゴンピット)』の訓練施設で殺人的なトレーニングを受け、そしてみごとに養成所を卒業した。
○『竜の穴(ドラゴンピット)』出身のフードファイターは、常に残虐非道な悪役としてのファイトしか許されない。
○『竜の穴(ドラゴンピット)』出身のフードファイターは、ファイトマネーの50%を、上納金として組織に納めなければならない。
○これらの掟を破ると裏切り者と見なされ、再起不能になるか、廃人になるまで次々と刺客を送り込まれる。
つまりサルの若大将は組織に上納金を納めず、ファイトマネーの全額をちびっこハウスに寄付していたらしいのだ。そのために組織が刺客として竜の穴海兵隊を送り込んできたのだろう。
「お前が大金を稼げるようになったのは我ら『竜の穴(ドラゴンピット)』のおかげなのだ。恩知らずには死んで償ってもらう。さて、我々とご同行願おうか…」
この状況に至って、ももたろうはもう黙っていられなかった。か弱い少女を大勢の大人が取り囲んで威圧しているのだ。ももたろうの正義の心がそれを許してはおれなかった。
「待ちなさいッ! そんな非道は許さないわ!」
だしぬけに現れたももたろうをミスター影道が視界に捉えた。
「なんだ、貴様は…」
ミスター影道はももたろうをさほど脅威とは感じなかったのだろう。まるでゴミでも見るかのように一瞥し、不愉快そうな表情を浮かべたに過ぎなかった。
「わたしは星屑村のももたろう。モンキーマスクちゃんの“トモダチ”だ!」
「えっ、友達だったっケ?」
「がくぅ! “トモダチ”の“トモダチ”は皆“トモダチ”なの!」
ももたろうの正体を知ってミスター影道の顔がほころんだ。
「がーっはっはっ。賞金首の方からノコノコやってくるとはな! 探す手間が省けて助かるわ! お前がここにいるということは、閼伽凛皇女も近くにいるということだな。丁度良い。モンキーマスクと一緒に沙羯羅竜王様に差し出してくれるわ」
「はんッ。鬼のくせにニンゲンの言葉を話すんじゃないわよ。おとなしくついていくと思ったら大間違いよ!」
ももたろうの啖呵を聞いて、ミスター影道の表情が憎悪でゆがむ。どうやらももたろうは押してはいけないスイッチに触れてしまったようだ。
「ニンゲンの、言葉、だと…? お前らは我々鬼族のことを常に見下しているが、我々の言語はお前たちのものよりはるかに複雑であり洗練されているのだ。この俺様のように士官学校の出身者は、誰しもがお前らの言語なぞたやすく扱えるのだぞ。そうとも知らず、おおかた未開の地からやってきた蛮族程度の認識なんだろうよ。だがな、我々には確かに科学的な文明というものは無くとも、お前らよりはるかに高度な魔法文化を有しているのだ。精神的に未熟なお前らよりも格段に理性的な生活を営んできたのだ。それを理解できないのはお前たちがそのことを知らないだけ、あるいは認めようとしないだけのことだ。さらに言えばそうした教育を受けていないだけのこと…いや、上に立つものが意図的に歪んだ知識を植え付けてきたのが真相だがな…そうしたことにすら気づいておらんのだろう。おめでたい奴らめ」
ももたろうはミスター影道の話を聞いて、心が揺らいだ。確かに自分は鬼のことについて何も知らない、と。
これまで、鬼というものは意味不明なことばをわめきながら、ただただ破壊と殺戮を繰り返すだけの存在だと思っていた。
しかし今、目の前にいる鬼はどうだろう? ニンゲンの言葉を流暢に話すどころか、ももたろうなどよりもはるかに高尚な単語を駆使している…。
その事実に、ももたろうはいささか気おくれのようなものを感じていた。
(いいえ、だとしても――――)
「うるさいッ! あんたが何を言っても悪い鬼には変わりはない! 実際に支配されて苦しんでいる人たちが大勢いるんだもの! わたしのおじいさんとおばあさんだってお前たちに殺されたんだ!」
「キサマの感傷につき合っているヒマはない。取り押さえろっ!」
ミスター影道の合図を受けて、数百人の鬼たちがモンキーマスクとももたろうに殺到してきた。全員ががっしりとした戦うための体をしていて、その迫力は尋常ではない。
だが、そのままももたろうとモンキーマスクのふたりがあっさり海兵隊員たちに取り囲まれたかと言えばそうではない。
実はここへ至る旅の間に、ももたろうの一行もそれなりの人数の集団を形成していたからだ。例えば紫電の魔女であるイヌの少女や白光音峠守備隊の白猫班長とキジの女の子、他にもMTH団などである。
それ以外にも道中でももたろうの活動に賛同して合流してきたメンバーなどがいて、現時点でももたろうの一行は総勢五十名程のチームに成長していたのだった。
そしてそのチーム全員が、ももたろうを救出するために臆することなく突っ込んでくるという熱い展開が見られた。
そして全面戦闘スタート!!!
お待たせしました大乱闘!!!