第拾弐楽章│満月と銀紙飛行船

第拾弐楽章の表紙

■#001│ももたろうの決意

 宴の翌朝――――。

 メンバーが揃って朝食を食べているところへ、ももたろうが遅れて現れた。

「あのね。みんなに聞いて欲しいことがあるの」

 ももたろうがいつになく真剣な表情をするものだから、みんなはちょっと驚いてももたろうの言葉に耳をかたむけた

「わたし、やっぱり魔王を倒しに行くって決めたわ。だから…みんなにも、協力して欲しいの」

 一同はもともとそのつもりだったから、逆に拍子抜けというか『なんだ、そんなことか』という反応だった。

「わたしたち生まれた日とか生まれた場所は違うけど、もうすっかり姉妹みたいなもんじゃない? いつでも助け合って、力を合わせて困っている人たちを助けてあげたいの。それでね…それで、もう誰も失うものかと決めたんだ。だから絶対に絶対にわたしの前から消えたりしないって約束して欲しいの」

「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん、か」

 ももたろうのことばをイヌの少女が言い換えた。

「ああ『桃園の誓い』ってやつだナ」

「ももたろうのもとから突然消えたりしないって約束するでありやす」

「あーりんロボも故障しないように頑張るね❤」

 みんなのやさしさが伝わって来て、ももたろうは本当に嬉しかったのだろう。両目に涙があふれて来ていた。

「みんな…本当にありがとう。こんなに頼りないリーダーでごめんね」

「気にするなって。それより鬼退治のお供でイヌ、サル、キジは分かるけどロボってどうなんだ? オラ聞いたことねぇゾ」

「ちょっと待って! それ私のこと言ってるの? ヤンマーファミリーアワーの『飛べ!孫悟空』を思いだしてよ。三蔵法師のお供は孫悟空、猪八戒、沙悟浄とカトちゃんの四人だったじゃない? それと一緒でしょ? カトちゃんの存在感を舐めないでよねっ!」

「ちょっと、日本PTA全国協議会から“ワースト番組”に挙げられるような変な人形劇と一緒にしないでよ」

「だいたいなんであんたがそれを知ってんのよ。まだ生まれてもいないでしょ?」

「はいはーい! ねえちょっと聞いてー! わたし結構良いこと言ったんだから、今はそれに乗っかってみんなでしんみりするところでしょー?」

「ももたろうの話はちゃんと聞いてるって! オラは聖徳太子の生まれ変わりなんだから大丈夫だって!」

「みんなもすでにももたろう組の一員でしょ? 一緒に新しいもの作り上げて、進んで、辛い時も、楽しい時も同じ時を過ごしてきたし、これからも過ごすんだもん!」

「今まで色んな所でやってきて、色んな試練を与えられたけど、この五人ならどんな壁でも乗り越えられると思いました。これからも一緒に全力疾走して頂けたら嬉しいりん❤」

「自分はまず、自転車に乗れるようになりたいです、アハハ。そして、女性というより人としてやっぱり誰かに必要とされる人になりたい。しっかりした芯のある人を目指します!」

「だから~」

サルの若大将の音頭に続いて全員が唱和した。

『攻めないももたろうはももたろうじゃないっ!!!』

◆   ◆   ◆

 その日を境に、ももたろう一行は“紅白の向こう側”という標語(?)を使うようになっていた。今はまだ夢の途中。ここはゴールじゃない、まだ始まってすらいないんだと、全員が自覚できるために。

「ところでさ、“紅白の向こう側”ってどこにあるの?」

「そうだね。そもそも“紅白”の時点で意味が分からねぇゾ」

「自分たちも白光音峠の守備隊時代にかなり捜索はしたつもりなんですが、ヤツらがどこからやってくるのかどうしてもつかめなかったんでありやす」

「あーりんロボのデータベースにも該当するデータはないわ❤」

「確かに困ったわね。敵がどこにいるのか分からなければ、攻めようがないし…」

 一同が行き詰まりを感じ始めた頃、広間に歌謡曲のイントロが流れてきた。

 そして部屋中が『ざわ…』という漫符で埋め尽くされかけた頃、フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』を彷彿とさせるようなラブ・バラードを歌いながら、南国落花生仙人(ナンゴクラッカセイセンニン)が入室してきた。

南国落花生仙人(ナンゴクラッカセイセンニン)のイラスト

「♪~この胸のときめきを~あ~な~た~にぃ~いぃ~っと。やあ。ももたろうちゃん。元気だったかい?」

「黒っ!」

「いったい誰なんだアイツは?」

 ざわつく広間。

 無理もない。知らない人にはどんだけサプライズなんだ、って話である。

「まあ! 南国落花生仙人様。お久しぶりです。わたしは元気なんですけれど…その…」

「うん。閼伽凛皇女のことは本当に残念だった。でもこうしてももたろうちゃんが立ち直ってくれてわたしは嬉しいよ。本当に頑張ったね」

「ありがとうございます。それで今日はどうしたんですか?」

「前に言ったろう?『もし君たちが進むべき道に迷った時、わたしは必ず現れるから』って。君たちに“紅白の向こう側”の意味を伝えにやってきたのさ」

「ええっ! 本当ですか? わたしたち“紅白の向こう側”の意味がずっとわからなくて困っていたんです」

「そうだろう? だからこそ私がここへやってきたのさ」

 それから南国落花生仙人はももたろう一行を前に、“紅白の向こう側”の意味について説明をし始めた。その説明を簡単にまとめると次のようなものになる。

・魔王軍には四天王と呼ばれる四人の将軍がいる。それが玄武、朱雀、白虎、青龍の4人である。そしてそれぞれが黒、紅、白、青といったテーマカラーを持っている。

・ちなみに青龍とは、先日倒した沙羯羅竜王のことであり、四名の別名はそれぞれ以下の通りである。
 玄武:地帝・死洲暗黒卿(ジテイ・シスアンコクキョウ)
 朱雀:炎帝・迦楼羅姫(エンテイ・カルラヒメ)
 白虎:雷帝・天魁獏羅天(ライテイ・テンカイバクラテン)
 青龍:氷帝・沙羯羅竜王(ヒョウテイ・シャカツラリュウオウ)

・紅を司る迦楼羅姫と、白を司る天魁獏羅天の居城はカンナミ国というところにある、そのためその場所を通称“紅白”と呼ぶ。

・なお魔王の居城があるカスミガ国へはカンナミ国を抜けて向かうルートしかなく、そのため“紅白の向こう側”と称される。

・ちなみにカンナミ国へ行く唯一の方法は、青き丘の国の北の最果ての樹海の中にある、不思議な穴を通るしかない。

・その穴は、古(いにしえ)より『なんだか(N)、へんな(H)、カナコの(K)、エクボは恋の落とし穴(ホール)』と呼ばれており、長ったらしいので通称“NHKホール”と言う。

 ということで話をまとめると、ももたろう一行はNHKホールを通ってカンナミ国へ到達し、迦楼羅姫と天魁獏羅天を倒し、さらにその向こう側にいる魔王を討伐しなければならないのだ。

 あまりの手順の多さにイヌの少女がボヤいた。

「なんか話が壮大すぎて、めまいがしてきたんだけど」

またキジの女の子はこう反応した。

「ねえ、『なんだかへんなカナコのエクボは恋の落とし穴』を縮めて“NHKホール”ってさすがに無理があるんじゃない? っていうかそもそもカナコって誰なのよ?」

「それより腹減ったー!腹減ったー!腹減ったー!」

「謎が解けたところでご飯にしましょうか?あーりんロボが博士から教えてもらったカレーをみ~んなに作ってあげるね❤」

 こうしてももたろうは万を超える軍勢を引き連れ、万全の態勢を整えて魔王討伐に出発した。

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