■#003│フードファイト
歓声に沸き立つコロシアム。強い者が勝利をつかむ――――。
「さあ、いよいよFBCこと“フードバトルチャンピオンシップ”全国大会の幕が上がります。今年はここ野逸コロシアムで、いったいどんな熱戦が繰り広げられるんでしょうか?解説はお馴染み、大喰い界の生ける伝説、鷹乃華関(タカノハナゼキ)です。実況はわたくし富嶽電視アナウンサー、二宅(ニヤケ)でお送りいたします。さてさっそく鷹乃華関にお聞きします。今大会の見どころといいますと、ズバリどういったところになりますでしょうか?」
「あどでー、んどねー、つよぐっでねー、かっごよぐってねー、にんきのあるねー、パパみたいな力士になりだいのー」
「なるほど、やはりそこですか! これまで二連覇を果たしたディフェンディングチャンピオン、モンキーマスク選手の三連覇なるか、というところに注目ですね! 今年の対戦種目は『わんこそば』ということですが、これはチャンピオンにとって有利に働きますでしょうか?」
「あどでー、んどねー、つよぐっでねー」
「なるほど! 確かにこれまでもチャンピオンには麺モノに対して若干の苦手意識のようなものが見えることがありましたからねぇ」
野逸コロシアムはおよそ一万人が収容できる大型施設である。座席の8割がたが埋まっており、このイベントの注目度の高さがうかがえた。
すでに放送席では実況のアナウンサーと解説者の問答が始まっていたが、そこへ中継のリポーターが割り込んできた。
「二宅さん、二宅さん?」
「あっと、ここで選手控室に中継がつながったようです! 茂野さん、そちらの様子はいかがでしょうか?」
「はい、ハッピー・キャッチー・エフビーシ~茂野清樹です。こちらは先ほどから各選手、入念にウォーミングアップをしています。非常に張りつめた空気が漂っております。あっと、あちらにダークホースと目されている流浪の画家こと裸の大将さんがいますね。さっそくインタビューしてみましょう。裸の大将さん、今日の一戦にかける意気込みを教えてください」
「ぼ、ぼ、ぼくは、ぼーとしているのが、や、やっぱり一番いいんだな」
「チャンピオンはかなり手ごわいと思いますが、勝機はあるとお考えですか?」
「み、みんなが、ば、爆弾なんか作らないで、き、きれいな花火ばかり作っていたら、き、きっと戦争なんて起きなかったんだな」
「力強い勝利宣言、ありがとうございました。おっと、奥にチャンピオンのモンキーマスク選手がいますね。なんとかコメントを頂きたいところです……
リポーターは控室の奥にガウン姿のディフェンディングチャンピオンを見つけ、近寄った。
モンキーマスクという出場者は現在大会二連覇中ということだったが、意外にもその正体は小柄な女性だった。
パイプ椅子に腰掛け、壁側を向いて目を閉じている。傍目にも集中しているのだということが理解できた。しかしそんな「話しかけるなオーラ」全開にも関わらず、リポーターはずけずけと話しかけるのだった。
「チャンピオン、チャンピオン、今大会のコンディションはいかがでしょうか?」
「………」
案の定、チャンピオンはその問いかけに反応しなかった。しかしそれでもリポーターはなおもたたみかけるように食い下がった。
「チャンピオンは今回の対戦種目である『わんこそば』に若干の苦手意識があるのではないか、という情報も入ってきておりますが、これはもし、もしもですよ?敗れるなんてことになった場合、勝負は時の運ということでは済まされないと思いますが…」
「…かよ…」
「はい?」
リポーターの不躾な態度に腹を立てたのか、チャンピオンはすっくと立ちあがると、くるりと反転しリポーターに対峙した。
「戦う前から負けること考えるバカいるかよッ!!!」
チャンピオンはリポーターを一喝すると同時にビンタを喰らわせた。その音が控室全体に響き渡った。
「痛てぇ~」
ビンタをされたリポーターがかけていた黒縁の眼鏡は、部屋の奥まですっ飛び、乾いた音を立てて転がった。
◆ ◆ ◆
「おめぇたちが先に倒れるか、オラが先に倒れるか、勝負ダーッ!」
FBCのファイト直前、ステージ上ではモンキーマスクのマイクパフォーマンスが行われていた。
「さあ、まもなくゴングですが、先ほどからチャンピオンが盛んに挑戦者たちを挑発しております!すでに自分の勝利を確信しているのでしょうか?おっと、どうやらレフリーの丸田信朗が位置についたようです」
ステージ上には、幅がおよそ一間(いっけん)ある長机が5つ、一本まっすぐに並べられている。そこに10人の選手が座っている。
そして長机の列は三本である。つまり三十名が今回のFBC全国大会の参加者ということになる。
会場に流れていた和太鼓のBGMのボリュームが少し上がり、それを合図にスタッフが入場してきた。
スタッフは給仕として選手ひとりひとりに付く。その配置を見届けると、レフリーがステージ下手の所定位置から宣誓した。
「只今より、FBC全国大会を開催いたします。本日は60分の時間制といたします。椀の数は無制限で、60分経過時に最も椀を積み上げたものが勝者となります」
会場のボルテージが最高潮に達したとき、「カーン!」と乾いたゴングの音が会場全体に鳴り渡った。
いよいよFBC全国大会の熱戦の幕が切って落とされた。
大食い自慢の各選手が順調に碗を重ねてゆく。さすがに全国から集められた猛者だけに、白熱した試合展開となった。
それでも30分を経過したあたりから、徐々に差が開き始めた。残り15分を切ったタイミングでは、徐々に脱落する選手が出始め、事実上チャンピオンと流浪の画家との一騎打ちとなった。
「おっと、どうやらこれはチャンピオンと流浪の画家の一騎打ちか!? これは面白い展開になってきたぞ。しかしチャンピオンがやや苦しそうか?」
この時、ディフェンディングチャンピオンであるモンキーマスクは少し動揺していた。圧勝できるとふんでいたにも関わらず、リードを奪われる展開になっていたからである。
(こ、こいつとんでもなく強えぇぞ。こんなことならさっきまぐろメンチバーガーを十二個も食べるんじゃなかった…)
モンキーマスクは努めて冷静さを保とうとしてはいたが、少しづつ、しかし確実に流浪の画家がリードを広げ始めていた。
『残り5分』
会場内に無機質なボーカロイドの声が響いた。
(こんなところで負けられねぇ。オラには絶対に負けられねぇ理由があるんだ!)
モンキーマスクは最後の力を振り絞って、かつてないほどのラストスパートを開始した。
(もう出し惜しみはしない。予備のタンクも全開にすっぞ!)
この時の様子をレフリーとして試合を捌いた丸田信朗は、後にこのように述懐した。
「そうですね、あの時すでにチャンピオンはもう限界だったと思いますよ。あそこから信じられないくらいの速度で猛チャージしてはいましたけど、僕には落ちる直前の線香花火というか、亡くなる前の命の燃焼のような気がしていました。ひとつ言えることは、その姿は『美しかった』ということだけです」
「ヘイ、チャンピオン、ユー、ギブアップ?」
「ノー!」
(負けたくない、負けたくない、負けたくない、負けたくない、負けたくない…)
「オアギブアップ?」
「ノーッ!」
(あきらめない、あきらめない、あきらめない、あきらめない、あきらめない…)
そうしたレフリーとの数度のやり取りの果てに、モンキーマスクは急に立ち上がり、その顔を天に向けた。
そしてその直後、観衆はモンキーマスクがゆっくりと後ろに倒れる様子を目撃した。
「んっ? チャンピオンの様子がおかしいぞ!? あっ!あーっ!レフリー丸田、試合を止めたー!チャンピオンが大の字に倒れこんだ! なんということだ、なんということだっ!! 今年のFBCはなんとなんとチャンピオンが失神ッ! KO決着ッ! 勝ったのは流浪の画家だぁー!」
第33回FBC全国大会は、二連覇中のディフェンディングチャンピオン、モンキーマスク選手が敗れ、流浪の画家こと裸の大将が優勝した。
決着がついた瞬間、もちろんももたろうたちも会場で観戦していた。そしてその時、ももたろうは舞台上ではなく、すぐ隣の座席で不思議な光景を目撃した。
勝敗が決した瞬間、隣にいた店員さんがおもむろに立ちあがって『詩織…?』とつぶやいたのだ。
◆ ◆ ◆
ももたろうたちに怪訝な顔で見られても、店員さんは『モンキーマスクは絶対に詩織だ』という主張を曲げなかった。
それどころか、みんなを引き連れて救護室にやってきた。
「詩織…入るわよ?」
救護室に入ってみると、簡易ベッドの上にモンキーマスク選手が横たわっていた。こちらに背中を向けてはいたが、肩が小刻みに震えていて、泣いているってことは誰の目にも明らかだった。
「詩織…」
「アヤカ姉ちゃん…ごめんなさい。オラ負けちまった。絶対に負けちゃなんねぇのに」
「負けることは恥ではないわ」
「違うんだ。オラは優勝して賞金百万ゼニーをゲットしたら、それをちびっこハウスに寄付するつもりだったんだ…あいつらに腹いっぺぇ飯を食わせてやりたかったから」
「まさか、いつもちびっこハウスに多額の寄付をしていたのは、あなただったの!?」
「うん、実はそうなんだ。これまでもフードバトル大会には何度も出たよ。今までオラは無敵だったんだ。だから今回も簡単に優勝できるって思ってたのに…ううっ…うわーん。お義父さん。みんな。すまねぇ」
「あの…お義父さんというのは…?」
「はい、それは私たちが育った孤児院の院長先生のことです。みんなから『お義父さん』と呼ばれて慕われている人なんです」
「まあ。もしかすると埠頭で会ったあの御仁かもしれませんわね」
閼伽凛皇女は今朝、埠頭で話しかけてきた白髪頭を短く刈ったオヤジさんを思い出していた。
イヌの女の子もそれに同意した。
「そうね、きっとそうよ」
店員さんはモンキーマスクこと、サルの若大将の肩に触れ、やさしく声をかけた。
「さあ詩織。ちびっこハウスに帰りましょう。お義父さんもハウスのみんなもきっと心配しているわ」
「うん…」
ももたろうたちも、ええ話やなぁと感じ入って二人のやりとりを見守っていた。そこにはしんみりと、しかしそれでいて心温まる時間が流れていた。
ところが、だ。ももたろうたちがその余韻に浸ってるとき、なにやら外が騒がしいことに気がついた。
キジの女の子がレースのカーテンを開くと、眼前には野逸港の民がパニックを起こして右往左往している様子が目に入った。
人々は口々に何かを叫んで半狂乱になっていた。
「うわぁぁぁ鬼だぁぁぁ! 鬼が出たぞぉぉぉぉ!」
「喰い殺されるぞぉぉぉ! みんな逃げろぉぉぉ!」
「くっそー、全然見てくれない!」
港に目をやると、鬼を満載した『上陸用舟艇(ジョウリクヨウシュウテイ)』が次々と接岸するのが見えた。接岸した船からは、鬼の大群が続々と上陸を果たしていた。
ざっと見た限りでは、少なくとも五百人程度はいるように思えた。またそれだけではなく、この鬼たちはそれまでももたろうが見た鬼とはまったく雰囲気が異なっていた。
揃いの制服に身を包み、規律正しく、そして整然と行動している。そう、明らかに“訓練された”軍隊としての鬼たちであった。
その日、野逸港の民は思い出した…。
ヤツらに支配されていた恐怖を……。
鳥籠の中に囚われていた屈辱を………。
なんてね――――。
― 第六楽章:PUSH on TITAN 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第七楽章│無尽の愛
野逸港に襲来した鬼たちの目的はモンキーマスクの身柄を確保することだった。しかしモンキーマスクは隠れるどころか、堂々と鬼たちの前に姿を現し、立ちはだかったのだ。ももたろうはそんな状況を看過できず、自らも飛び出してゆくのだった。
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【ひとつ前の物語を読む】
第四楽章│黒い終末
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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