■#002│捨て奸(すてがまり)
事態はあっというまに混戦となった。しかしそんな中、ミスター影道はももたろうに狙いを定めると乱戦の中を流れるようなステップワークで移動しながらももたろうに近づいた。
そしてその背後をあっさりとると、躊躇なく必殺魔法を発動させた。
「喰らえ! 『邪道式連射原爆閃(ロコモーション・ジャーマン・スープレックス)』どりゃぁ!」
ミスター影道はももたろうの背後から両腕を回して腰をクラッチすると、すぐさま後方へと反り投げた。油断していたももたろうは受け身も取れず、そのまま後頭部から地面に叩きつけられてしまった。
しかもミスター影道はそこからホールドするようなことはせず、続けざまに二発、同じ技を発動した。ももたろうは二発目の段階ですでに意識が飛んでいた。ミスター影道の連続攻撃をまともに喰らって、甚大なダメージを負ってしまうのだった。
そこへすぐさまモンキーマスクが割って入って、これも必殺技による応酬を開始する。
「お前の相手はこのオラだぁ! 行くぜ『風車式背骨激烈旋(ケブラドーラ・コン・ヒーロ)』おぉぉっ!」
モンキーマスクはミスター影道を強引にももたろうから引きはがすと、そのまま空中に放り投げた。百キロはあろうかというミスター影道を軽々と投げるあたり、モンキーマスクがただものではないこともすぐに理解できる。
しかもモンキーマスクの技はそこからが凝っている。空中でミスター影道の体全体をまるで風車の羽根のようにくるりと回転させたのだ。そして大地にしっかりと片ひざをついて、落下してくるミスター影道の後頭部にヒットさせたのだ。
一連の動作はスムーズで美しく、まるで芸術的な演舞のようであった。
鈍い音とともにミスター影道が地面に倒れこんだ。そのためモンキーマスクの必殺技は完璧に決まったように見えた。
しかしミスター影道はすぐさま立ち上がると、モンキーマスクを見降ろして不敵につぶやいた。
「フン。この程度の攻撃では、この俺様には効かんなぁ…」
ミスター影道はモンキーマスクに狙いを定め、新たな必殺技の準備に入ろうとした…と思いきや、一拍おいて次の瞬間、「がはっ!」をせき込み、口から派手に吐血した。そしてそのまま大の字に倒れこんでしまった。
これを人は『時間差ダウン』と呼ぶ、らしい…。
◆ ◆ ◆
混戦の中、大将同士の戦いはあっさりと決着がついていた。ミスター影道という指揮官を失った『竜の穴(ドラゴンピット)』は撤退を開始するかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
戦局全体を俯瞰的に見れば、依然として『竜の穴(ドラゴンピット)』の方が圧倒的優位であることに変わりはない。しかも指揮官不在にもかかわらず、連中は各構成員が独自の判断で自律的に動いていた。そしてその判断は常に的確だった。
そうした状況にあって、ももたろうのチームも個々の局面では善戦するものの、次第に敵の数に圧倒されはじめた。なんといってもこっちは指揮系統も明確じゃない素人集団。だが、相手は組織的に訓練された者たち。次第にその差がはっきりと現れ始めた。
「まずい、このままでは戦線を維持できない…」
閼伽凛皇女の瞳に焦りの色が浮かんだ。
実はこの時、一時的にももたろうチームの指揮をとったのは閼伽凛皇女だった。彼女自身の戦闘力はさして期待できない。しかし軍師としての才能を発揮することになる。
閼伽凛皇女は当初、ももたろうとモンキーマスクを包囲から解放し、一気に戦場を離脱するつもりだった。そこでチームを5人一組の「伍」という単位で編成し、ももたろうのいる場所にすべてのチームを突入させた。全体としての人数に差があっても、局地戦をしかければ分があると考えたからだ。
しかし想定以上の短時間でももたろうが動けなくなってしまったことで、その計算が狂ってしまった。
閼伽凛皇女が考案した敵中突破によるいわば前進退却作戦は、神速をもって初めて成功するものだった。しかし、よもや大将であるももたろうがその足を引っ張ることになるとは皮肉な話だ。
ももたろうとモンキーマスクを脱出させるためには、退却する途中で「伍」を少しずつ残し、追ってくる敵と戦って足止めし、本体を逃がす「捨て奸(すてがまり)」という方法しか残されていなかった。
問題は、どの「伍」がそこに残るのかということである。つまり閼伽凛皇女はこの時、誰に「死んでくれ」と言うべきかを悩み、すぐにその答えが出せずにいた。
しかし時間は残されていなかった。
「班長!」
閼伽凛皇女は意を決して白光音峠守備隊の白猫班長に声をかけた。白猫班長はその呼び声に気がつき「やれやれ」とボヤきながら閼伽凛皇女の元に参じた。
白猫班長はこの時すでに自分に命じられる役割を察していたのだろう。そのためかとても穏やかな表情でやってきた。
その屈託のない笑顔を見て閼伽凛皇女は絶句した。しかし思い直して「死んでくれ」という台詞がでかかった時、事態が変化した。
◆ ◆ ◆
『そーれ、それそれ、そーれそ!』
『そーれ、それそれ、そーれそ!』
『そーれ、それそれ、そーれそ!』
野逸の港全体に野太い男たちの声が響き渡った。声のする方を見やると、白い道着に身を包んだ格闘家の集団が戦場めがけて突進してくるのが見えた。
格闘家たちはそれぞれトンファーや、「サイ」と呼ばれる三又の短剣、あるいは三節棍などで武装している。全員がなんと体格の良いことだろう!
そして全員が強いこと強いこと!
彼らは全員で声をそろえ、『そーれ、それそれ、そーれそ!』と独特な掛け声を叫びながら鬼たちをガンガン駆逐していった。
その様子を見てモンキーマスクがハッとなった。
「あ、あんたは…FBCのレフリーじゃないか!」
「いかにも! さぁて丸田道場、二百余名。ももたろう殿に加勢仕るッ! 舞ってみせようぞ傾き舞いッ! ガーッハッハー!!!」
なんと、さっきまで野逸コロシアムで開催されていたFBC全国大会で、レフリーを務めた丸田信朗(マルダノブアキ)という漢(オトコ)が一軍を率いて援軍として現れたのだ。
レフリーは『天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)』という剣を振るうと、あっというまに鬼たちをなぎ倒していった。
崩せ! 叩け! 潰せ! 崩せ! 叩け! 潰せ! おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ よっしゃあ!
あ、余談ではあるが、その昔日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途中にこの地で賊衆に襲われた時、天叢雲剣で葦を薙ぎ倒してそこで賊衆を迎えうち、火を放って難を逃れたという神話がある。
その時、野山が消逸してしまうほどの業火であった、ということからこの地は『野逸』と命名されたとされる。
予想外の援軍に形勢不利と見た竜の穴の連中は、ぶっ倒れたミスター影道を担架に乗せて回収すると、すかさず上陸用舟艇に分乗して撤退していった。
その手際の良さも、いかに竜の穴の練度が高いかを示していた。
これもまた完全に余談だが、このときミスター影道は撤退中の上陸用舟艇の医務室で目を覚ました。その場に居合わせたミスター影道の副官をつとめていたぺぺという鬼は、ミスター影道から己が引退するべきかを問われ、『引退なんかねえんだよ!』との言葉を放ち、緑色のタオルを渡したという逸話が残っている。
とにもかくにも、野逸の街はモンキーマスクや丸田道場の活躍もあって鬼を追い払うことに成功した。
鬼が去ったあと、ちびっこハウスに閉じ込められていた孤児たちが一斉に顔を出してきた。そして孤児たちは、モンキーマスクを囲んで口々にお礼を伝えたのである。
そんな中、ちびっこハウスの院長がモンキーマスクの前に歩み出た。そしてその眼に涙をためながらこう言った。
「詩織…このバカもんが。無茶をしおって…。だが無事でよかった。本当によかった」
「お義父さん、ごめんなさい」
ふたりは抱き合って、再会の涙を流した。
その様子を嬉しそうに見つめていたハンバーガーショップの店員が、くるりとももたろうの方を向いてお礼の言葉を述べた。
「ももたろうさん。本当にありがとう。これでまた平和な暮らしに戻ることができます。なんとお礼を言ってよいか…」
「とーんでもない。今回わたしはあんまり活躍できなかったし。わたしなんかより詩織ちゃんや丸田さんのお陰だよ」
謙遜するももたろうに、周囲は改めて賛辞を贈った。もちろん個々の頑張りはあった。しかしそうしたメンバーの中心となり、心の拠り所となっていたのは間違いなくももたろうであったのだ。
そんな空気の中、ももたろうが何かを思いついた。
「そうだ! 子供たちはとっても怖い思いをしたと思うの。だから今晩は慰問に行かせてもらえないかな? みんなで歌を歌ったり、ダンスを踊ったりしたら楽しいんじゃないかと思うんだけど…」
ももたろうからの申し出に、院長先生の顔がほころんだ。
「ああ、そりゃありがたい。子供たちもきっと喜ぶと思いますよ」
こうしてその晩、ちびっこハウスの孤児たちや、野逸の街の人たちを招いて、ももたろう一行のスペシャルライブが野逸コロシアムで実施された。
イベントはMTH団のライブ演奏に始まり、白猫班長とキジによる頭の上に乗せたリンゴを矢で射抜くパフォーマンス、そして感電少女のマジックショー。
そしてもちろん最後はメンバー全員によるキビダンス!
予定していたプログラムもすべて終了し、やや時間が余ってしまった。一行はネタが尽きてきしまったので、孤児たちに何かやって欲しいことはないかリクエストを聞いてみたところ、ももたろうが自爆する。
野逸港の童たちが口々にエビ反りをリクエストしたのだ。
「じゃあ『怪盗五人女(カイトウゴニンオンナ)』やって欲しい!」
「オレも庄之介のエビ反りが見たい!」
「オレもエビ反りが見たーい! 海老蔵梨サイコー!!!」
こうなるともう止まらない。会場全体が『エビゾーリ!エビゾーリ!』の大合唱。
ももたろうは最初苦笑いしていたが、意を決して“エビ反り”に挑戦することを決意する。だがももたろうの隣にいたイヌの女の子は、先ほどの戦いでももたろうがミスター影道(シャドウ)に深いダメージを負わされていたことを知っていたため、ものすごく不安に駆られていた。
「じゃあ、ちょっとストレッチに行ってくる」
ももたろうがそう言い残して舞台から去ると、イヌの女の子はその背中に向かってすがるような声で引き留めた。
「戻ってきてよ、ももたろう! 飛ぶから! 私が代わりに飛ぶから!」