■#001│ふたつの城
青き丘の国の王城は破魔待城(ハママツジョウ)という。
そこは閼伽凛皇女(アカリンコウジョ)が生まれ育った場所であり、富国有徳王(フコクユウトクオウ)が治めていた場所でもある。
しかし現在の主人は氷帝・沙羯羅竜王(ヒョウテイ・シャカツラリュウオウ)にとって代わられている。
もちろんももたろう一行は、その破魔待城の奪還を目指して旅をしているのだ。
その日、破魔待城を目指しているももたろう一行は、ようやくその目前の街、逆川宿(サカガワジュク)に到達した。
この場所もこれまでは鬼族に支配されていた。しかしモノノフ騎士団の生き残りなどが中心になって暴動を起こし、ついに逆川城を奪取することに成功していたのだ。
そんな状況にあったため、ももたろう一行は逆川宿の民衆からの大歓声を受けて逆川城に入場することができた。
いや、正確にはももたろうが歓迎されたというよりは、閼伽凛皇女の帰還というストーリーに民衆は熱狂したのだと見る方が良いだろう。
ちなみにその時の様子を紹介してきた那多利新報(ナタリーシンポウ)というかわら版があるのだが、その見出しは、ももたろう一行が近づくにつれニュアンスが大きく変わっていったことが見て取れるから面白い。
「閼伽凛皇女の名を騙る者、現る」 「星屑村の悪童、旗揚げを宣言」 「稀代の詐欺師?、相州於の島を通過」 「簒奪者か?皇女一行白光音峠に迫る」 「双子の皇女、野逸港の開放に成功」 「双子の皇女陛下、逆川城にご帰還。臣民、歓呼で迎える」
いずれにせよももたろう一行は、鬼族から逆川城を奪取した、遠丹茂幸之助(ドオニモコウノスケ)という新城主との対面を果たすことに成功した。
◆ ◆ ◆
「閼伽凛皇女様、そしてももたろう殿。ようやくお目にかかれましたな。ご無事で何よりでございます」
逆川城主はすらりとした体形で、穏やかな風貌をしていた。とてもレジスタンスを率いて戦った武人には見えない。
銀行員か教員だと説明された方が、まだしっくりきただろう。しかし、その瞳は爛々と輝いており、ひとかどの人物であると感じさせる何かがあった。
閼伽凛皇女は一行の中で唯一、逆川城主と面識がある。そのため彼の前に進み出でて握手を求めた。
「遠丹茂殿。このたびの卿らの活躍を大変嬉しく思います。よくぞ逆川城を奪還してくださいました。ここから破魔待城まではわずかな距離です。この城を橋頭保として破魔待城を攻略したいと考えておりますが、協力していただけるでしょうか?」
閼伽凛皇女の申し出に、逆川城主は力強い握手でそれに応えた。
「もちろんそのつもりでございます。ではまず現在の状況説明からいたしましょう。校長(コウチョウ)、よろしく頼みます」
逆川城主が副官に声をかけた。副官の方は水色のベレー帽をかぶり、迷彩柄の戦闘服を着用していた。こちらは逆川城主とは異なり、いかにも軍人といった見てくれをしていた。
「校長?」
ももたろうは軍人然とした副官が「校長」と呼ばれたため、思わずその違和感が声になってしまった。
「ははは、『校長』というのはもちろん愛称ですよ。実は私と校長はもともと私立弁財天中学という学校でそれぞれ理事長と校長を務めていたんです。それがいつしか革命家になってしまったのですよ…。でもご安心ください。私はともかく、校長はこう見えて『ブルーベレー』の出身ですから」
『ブルーベレー』という単語にキジの女の子が反応した。
「ブルーベレーなら自分も知っています。米利堅国の陸軍特殊部隊のことでありやす。歩兵二百人に相当する戦力を、ブルーベレーの隊員一人が保有しているとも言われていて、バリバリの軍人なのでありやす」
ほぅ…。
座に感嘆の声が上がった。
◆ ◆ ◆
ももたろう一行は校長から戦況について、以下のような説明を受けた。
○逆川城と破魔待城との距離はおよそ六里(約二十四キロ)程度である。
○逆川城占領後は散発的な戦闘はあるものの、これまでに本格的な衝突は起っていない。
○破魔待城は沙羯羅竜王が支配しており、城守備隊の人数はおよそ八千人である。
○また城守備隊以外にも『般若隊』という、およそ五千人の野戦専用部隊が駐留している。
○逆川城側の戦力はおよそ六千人。ももたろう一行の現在の人数が約千人なので、合計七千人である。
重苦しい空気の中、イヌの少女が口火を切った。
「人数はあっちの方が多いってわけね。これじゃあうかつに手出しは出来ないわね」
「おっしゃるとおりです。しばらくこの地に留まっていただき、時期を待ちましょう」
逆川城主の提案に、一行は同意せざるを得なかった。
「じゃあもう軍議は終了ってことでいい?オラお腹が空いちまったんだけど…」
それまで退屈そうにミーティングに参加していたサルの若大将が急に元気を取り戻した。
「食べてばっかじゃん…」
「うへへへへ!」
ももたろうと閼伽凛皇女は「やれやれ」といった表情でサルの若大将を見送った。しかしふたりとも心の中ではサルの若大将のあの明るさが救いになるとも感じていた。