第九楽章│へそで踊る歌

第九楽章の表紙

■#001│結晶化した感情

「マザー!!!」

 すっとんきょうな言葉を放ちながらあーりんロボがベッドから飛び起きた。

「気がついたかね、佐々木君」

 ここは逆川宿にある米村博士の研究所。目を覚ましたあーりんロボに、生みの親である米村博士がやさしい言葉をかけた。

米村博士(ヨネムラハカセ)のイラスト

 しかしあーりんロボは名字で呼ばれたことがご不満の様子である。

「あーりんのこと佐々木って言うな! 今度言ったら“ロボット刑事の刑”だかんね!」

「すまんすまん。でもすっかり元通りのようだな。よかったよかった」

「それじゃあ博士、あーりんロボはもう大丈夫なんですね?」

「ええ、もう大丈夫です」

「よかったですわ。あのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思いましたのよ?」

 農園の子供たちを救出するために深手を負ってしまったあーりんロボは、生みの親である米村博士の研究所に担ぎ込まれた。

 しかしあまりにも状態が悪かったため、米村博士ですら何度もさじを投げようかと思ったほどだ。

 それでも農園の子供たちが、どうしてもあーりんロボにお詫びをしたいと言ってきかなかったから、博士もその熱意に打たれる格好で今日まで修理を続けてきたのだ。

 そして今日、成功確率0.000000001%とまで言われたあーりんロボの再起動実験が成功した。

「あーりんロボ。この前は助けてくれてありがとう。もうダンボールお化けなんて言わないよ」

ゴーという農園の童があーりんロボに声をかけると、残りの二人も堰を切ったように話し始めた。

「今まで『機械人形』とか『鉄クズ野郎』とか呼んで辛く当ってごめんなさい」

「俺たちもこれからはカラフルな服を着ることにするよ!」

 農園の子供たちは口々にお礼の言葉をあーりんロボに送ったが、当の本人は逆に不思議そうな表情で子供たちを見返していた。

「どうして今日はそんなにお礼を言うの? あーりんロボは『ロボット三原則』に従って行動しただけ。お礼を言われるようなことしてないよ?」

 『ロボット三原則』というのはロボットが従うべき指針として示された原則で、人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的とする3つの原則から成る。

 ちなみに二〇五八年に民明書房から刊行された『ロボット工学ハンドブック 第五十六版』によると、それは以下のように定義されている。

第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条:ロボットは人間から与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反する恐れのないかぎり、自己を守らなければならない。

「あなたが“一生懸命”に子供たちを守ってくれたから、そのことに対する感謝の気持ちなのですわ」

 閼伽凛皇女はフォローのつもりでそう話した。しかし直後のあーりんロボの返答は、その場の全員を凍り付かせるのに十分だった。

「ふ~ん。でもあーりんロボはい~っつも農園のお仕事を“一生懸命”やっているけど~、そのことについてお礼を言われたことなんてないわ」

 あーりんロボのその言葉に、特に農園の関係者は絶句してしまう。

「あーりんロボ…ごめんなさい。私たちは自分たちが楽をするために、あなたに頼りきってしまっていたわ。いつしか感謝する気持ちを無くしてしまっていたのね」

「すまなかった、あーりんロボ。私たちは君が単なる機械でしかないって誤解していた。今まで一生懸命に農園の仕事をしてくれて、本当にありがとう。感謝しているよ」

「感謝?ひょっとして誰かの役に立つことをすると、感謝してもらえるの?」

「そうですわ。あなたは人に褒められる立派な事をしたのよ。胸を張って良いわ、あーりんロボ。これからもがんばってね」

(『ありがとう』…感謝の言葉。…初めての言葉。あの人にも言った事なかったのに…)

 気がつくとあーりんロボの両目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。それはそれは美しい涙であった。

「博士、ウォッシャー液の流出が止まりません。修理を希望します」

 あーりんロボは自身に理解のできない感情が芽生えたことで少々混乱していた。

「あーりんロボ、それは君の溢れる感情が結晶化したもので『涙』と言うんだよ。君はついに感情というものを手に入れることができたんだよ!」

(これが涙。初めて見たはずなのに初めてじゃないような気がする…)

「よかったですわね、あーりんロボ」

「ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの…」

 戸惑うあーりんロボに対してももたろうが優しくささやいた。

「笑えばいいと思うよ」

 そんなやりとりを感慨深く見守っていた米村博士が急に何かを思いついたようだ。

「いやぁ今日はなんてめでたい日だ。そうだみんなでお祝いしよう!僕が作った特製カレーがあるから食べて行ってくれ。ミルキーなチャイも淹れようじゃないか。さあさあみんな、食堂に集まってくれたまえ!」

 この後のカレーパーティーは、一同の中に共通の楽しい思い出といて深く刻まれた。

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