■#001│般若の戦士
手代木公園(テシロパーク)のステージ上で対峙するあーりんロボと般若面の男…。なかなかシュールな光景ではあるが、本人たちはいたって真面目である。
周囲のギャラリーも固唾をのんで見守っている。
「オレは誇り高き般若の戦士だ。誰が相手でも容赦せん」
般若隊首領(ハンニャタイシュリョウ)が冷たく言い放つ。
それに応えた訳ではないだろうが、ギャラリーから「あーりんロボ頑張ってー!」といった声援が飛んだ。
肝心のあーりんロボはというと、さしたる緊張感もないのか「お任せあ~りん❤」というやや調子のはずれたリアクションをした。
「ではオレから行くぞ!」
般若隊首領の『セッツ!』という掛け声とともに、ふたりは構えに入った。そして般若隊首領が『ツッチーツッチーツッチーツッチー』というリズムを刻み始めると、対峙しているふたりはその音に合わせてステージ上をぐるぐると回り始めた。
「ズグダンズンブングーン♪ キスパンクンサンプーン♪」
奇妙な言葉を発しながら般若隊首領がステージ上を動き回る。そしてあーりんロボと視線が交錯した刹那、『かかったなアホが!』という叫びと共に、ふたりが激しく接触したように見えた。
『ガキン!』
大きな金属音のようなものが一瞬聞こえ、ふたりはまた一定の距離をとった。
ここで般若隊首領が感心したような表情を見せた。
「やるなっ! このオレが第一ターンで得点できなかったのは生まれて初めてだぜ…。次はお前の番だ、遠慮なくかかってこいっ!」
あーりんロボの表情は良く見えないが、どことなく暗い雰囲気を感じる。
「…セッツ」
あーりんロボがボソッと呟いたことが攻守の入れ替わった合図らしい。ここからはあーりんロボの攻撃ターンということなのだろう。
やはり『ツッチーツッチー』というリズムは刻むものの、今度はふたりとも動かない…。
そしてあーりんロボは先ほどの般若隊首領とは異なるフレーズを詠唱し始めた。
「ウ・イティー・トゥトゥ・カ・トールー・オーナイ…」
先ほどの般若隊首領の詠唱も意味不明だが、あーりんロボのそれも輪をかけて意味が分からない…。しかし一同がぽか~んと見守る中、般若隊首領だけが明らかに動揺しているのが見てとれた。
「バカな! 古代ファービー語による詠唱だとぉッ!? 青き丘の国には古代ファービー語が密かに伝わるという伝説的な話は聞いたことがあるが、まさか実際にお目にかかることができるとはッ!!!」
正直、何を言っているのか分からない。しかし、般若隊首領の顔がみるみるうちに青ざめてゆく。
「てんてこまいーのくるくるくるくるピー❤」
あーりんロボから指をさされ、般若隊首領はあっさりと負けを認めた。
「ぐはっ負けたぁッ! お前、超強えぇじゃん!」
「えっ、今のであーりんロボ勝っちゃったの!?」
「もう何が何だかさっぱり分からなかったですわ…」
「とにかく良かったんじゃない? なんか勝ったみたいなんだし」
ももたろうは般若隊首領の前に歩みを進めると、茫然としている彼に向ってこう言い放った。
「さあ!般若のお面さん。わたしたちが勝ったんだから解放してもらうわよ」
「…負けたら解放するなどと約束した覚えは無いが…」
「なんだって! オメぇ往生際が悪いゾぉ!」
「いや、負けたことは素直に認めよう。そしてその証拠に、この『般若面』をお前に献上しよう、ももたろう」
そう言うと般若隊首領は自分がつけていたお面をとると、それをももたろうにプレゼントした。
「その『般若面』は、このオレが沙羯羅竜王(シャカツラリュウオウ)様から授かったものだ。もともとはアステカ文明の『血の儀式』で使用されていたもので、血を浴びせると骨針が飛び出して脳を刺激し、人間の未知なるパワーを引き出してくれる道具なのだ」
「うえ、なんか気持ち悪いからいらなーい」
「ガーン! ま、それならそれでも良いけどさ。とにかくオレは『般若面』を捧げ、そしてお前に永遠の忠誠を誓おう」
こうして、良く分からないけれど勝負は決した。それは同時に、約五千人の般若隊という戦力が仲間に加わったことも意味していた。
一同はそのことを素直に喜んだ。
「やったわ。このタイミングでこれだけの戦力補強は大きいでありやす!」
「道は私たちが作ルー!お前たちはただついてコーイ!!!」
周囲のあちこちで般若隊の戦士たちが浮かれている。どうやら彼らにとっても沙羯羅竜王に従っていることは本意ではなかったようだ。
撤収を開始した人の波に、あーりんロボだけが漂っているように見えた。そんなあーりんロボを心配して閼伽凛皇女が目ざとく声をかけた。
「あーりんロボ、ありがとう! あなたのおかげよ。良く分からないけれど楽勝だったわね!」
「…じゃない…」
「え、良く聞こえなかったわ。何?」
閼伽凛皇女はあーりんロボを労おうと声をかけたつもりだった。しかし、当の本人はまったく嬉しそうではなかった。それどころか、良く見ると異常に汗をかいているし、息遣いがまだ荒いままであった。
「楽勝…なんかじゃない…。最初のターンであっちは『稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)』を放ってきた…。偶然私のデータベースに登録があったから、かろうじて気化冷凍法で首から下を凍らせて攻撃を遅らせることができたけど、もしも完全に未知の技だったら、今頃私の頭は胴体に乗っていなかったはず…」
このあーりんロボの告白には、さすがの閼伽凛皇女も驚きを隠せなかった。
「え! そうなんですの!?」
「ええ。恐らく今後は何度対戦しても…彼にはもう二度と勝てないでしょうね…」
あーりんロボが暗い表情で見やった先にあったのは、ももたろうに付き従って歩く般若隊首領の後ろ姿だった。