■#002│第一次破魔待城攻防戦
「ということで、これが一番現実的なプランだと思うのですが、いかがでしょうか?」
キジの女の子から一通りの説明を受けたが、逆川城主も校長も承服しかねていた。
ここは逆川城の軍議場である。二十畳ほどの部屋で、中央の机に地図が置かれていた。地図にはふたつの城の位置が記されていた。
城のひとつは言うまでもなく、この逆川城である。そして今一方はここからおよそ六里(約二十四キロ)程離れた場所にある破魔待城である。
ふたつの城は比較的近い距離にあったが、これまでその中間においては大規模な戦闘は発生していなかった。
ももたろうたち一行は般若隊の合流という大きな成果を挙げて帰還した。その道すがら立てた作戦を逆川城主や校長に説明する機会を得ていたのだった。
軍議に参加したのはももたろう一行の主要メンバーと新たに仲間に加わった般若隊首領とその副長。そして逆川城主と校長の総勢十名ほどである。
しばしの沈黙の後、逆川城主が口火を切った。
「机上の空論だ! こいつはまともな作戦じゃない。詭計(きけい)、いや小細工に属するものだ」
反対の立場をとる逆川城主に校長も同意した。
「自分も同感ですな。般若隊はもともと敵方の主力野戦部隊ですぞ?その協力が大前提の作戦と言うのはいかがなものでしょうか?」
さらに、それまで面白そうに座の空気を楽しんでいた般若隊首領までもが、反対の意思を表明した。
「オレが言うのもなんだけど、その通りでしょうなぁ。みなさんが懸念する通り、オレが裏切者になったとしたら、事はすべて水泡に帰します。そうなったらどうします?」
「困るー!」
「そりゃ困るでしょうな。何か対処法でも?」
「考えはしたけどねー」
「で?」
「何も思い浮かばなかったー。あなたが裏切ったら、そこでお手上げ。どうしようもないわ」
これまでの会話から分かる通り、新規合流組の般若隊にさっそく働いてもらおうという作戦らしい。あまりの大抜擢に般若隊首領は笑いがこみあげてきてしまっていた。
「ハハハ。ひとつ質問させてもらおうかな。ももたろう殿は沙羯羅竜王を倒して天下を取るとおっしゃった。それは名誉欲ですか、あるいは出世欲ですかな?」
「うーん、出世欲じゃないと思うな。最初はね、ただヤツらに殺されたおじいさんとおばあさんの仇を取りたかっただけなんだ。それとあかりんに協力して、彼女を再び皇女の座に戻してあげたかったの。でも今は鬼に支配されて苦しんでいる人たちを、その苦しみから解放してあげたいっていう気持ちが強いかなー。今のわたしは鬼が憎いから退治したいわけじゃない。鬼退治をゴールにしたらそれで終わりみたいになっちゃうけど、わたしはみんなの笑顔が見たくて、それにくっついてきて鬼退治をやりたいっていう感じで……何言ってるかわかんないなーアハハ。とにかくみんなに笑顔を届けることにゴールは無いって思うんだよね。確かに天下を取ると宣言はしたわ。でもそれはみんなに笑顔を届けるという部分で天下を取りたいの。これからも、みーんなに幸せを届けるために、わたしは、たーくさん笑って、バカなことをやって、ちょっとふざけたイベントとかをやってみたり…これからもいっぱい失敗絶対するけど 合言葉は当たって砕けろ、かな」
ももたろうにしてはいつになく饒舌だった。まだ完全にはまとまりきっていない考えを、絞り出すように語ってみせた。だが、その意思が強固なものであることだけは、周囲の者にもなんとなく伝わっていた。
「失礼ながらももたろう殿。あなたはよほどの正直者か、でなければ大詭弁家ですな。とにかく期待以上の返答はいただいた。この上はオレも微力をつくすとしよう。みんなに笑顔を届けるために」
ももたろうと般若隊首領のやり取りに口を挟まず見守っていた逆川城主が校長に訊ねた。
「どうしますか、校長…?」
逆川城主の顔には「やれやれ」というような呆れたニュンスと、「面白そうだ」というポジティブなニュアンスがぐるぐるととぐろ巻いて蠢いているように感じられた。
質問された校長もまた、そのことを感じ取っていたし、同じ思いに駆り立てられていることを自覚していた。
「それまで敵だった者ですら、放っておけない気持ちにさせる才能は本物でしょうな。これが三部魂なんでしょうね、きっと…」
こうして『第一次破魔待城攻防戦』の火ぶたが切って落とされた。