■#002│魔界の暗殺者
「アハハハハ!!!『魔王を倒した』だと?何を言っている? お前らが倒した沙羯羅竜王が魔王様だとでも思っているのか?」
室内に何者かの乾いた笑いがこだまする。
「誰っ!?」
キジの女の子が声のする方に向かって弓を構えた。
視線の先には全身黒い衣装で覆われた、ひょろっと痩せた人物が立っていた。両の手には大きな鎌を携えている。
「問われて名乗るもおこがましいが、私は欲界の最高位であるところの他化自在天(タケジザイテン)の天主大魔王である第六天魔王波旬(ダイロクテンマオウハジュン)様の忠実なる僕(しもべ)、そして魔界の暗殺者。その名もヨップ・フォン…ってコラー人の話を聞けー!!!」
本来であれば、このような危険な存在が現れた場合、メンバーの多くがその気配に気づくはずである。
しかし、この人物の登場に誰一人として気がつかなかったということは、彼が“相当にできる”ことを意味していた。
それでもなお、メンバーがわちゃわちゃとした会議を始めたところが笑える。
「なんかセリフがスッゴク棒読みだよね?」
「話が長すぎて結局名前すら分かんない」
「アイツひょろっとしててゴボウみたいじゃない? なんだか名前も長いみたいだからもう『ゴボウ』でいいんじゃない?」
自分を無視して話がどんどんと進んでしまうことに、自称『魔界の暗殺者』は驚きを隠せなかった。
「ちょ、おま、…ええええええっ!?」
追い打ちをかけるようにサルの若大将が問い詰めた。
「やいゴボウ! 沙羯羅竜王が魔王じゃねぇってどういう意味ダ?」
「ふ、ふん! 文字通りの意味だが? 魔王様は魔王様だ。魔界の最高位である第六天魔王は沙羯羅竜王のことではない。沙羯羅竜王なぞ、しょせんは魔王軍四天王のひとりにすぎん。ククク…奴は四天王の中でも最弱…人間ごときに負けるとは魔界鬼族の面汚しよ…。般若よ、お前はそんなことも知らずに沙羯羅竜王に仕えていたのか?」
急に話を振られて般若隊首領も口ごもってしまった。
「知らなかった…オレはてっきり沙羯羅竜王が魔王なんだと思っていた」
そんな般若隊首領を見てイヌの少女が会話に割って入った。
「フッフッフッ。あたし分かっちゃった。魔王の正体ってヤツが」
(なにぃ、もう魔王様の正体に気がついたというのか…さすがは紫電の魔女だな。恐ろしいまでの洞察力だ)
「で、誰なの、魔王の正体って?」
「魔王の正体とは…」
その場にいた全員が息を飲む。
「ズバリ、古坂大魔王(こさかだいまおう)でしょ!!!」
「全然違います!!! 一緒でも期待して損したわ。あんたら全員バカばっか!」
「やかましいぞゴボウ! オメぇはいったいここに何をしに来たんダ?」
「俺様が何をしに来たか、だと? それは沙羯羅竜王を倒したお前たちを暗殺するためさ…お前らが調子に乗る前にな。じわじわといたぶりながら、お前たちが絶望する顔を眺めながら美味い酒でも飲みたいなぁハハハ」
「この変態さん! そうやって姿を現した時点で暗殺は失敗してるじゃないの!」
「フフフ。変態と言われるのも嫌いではないが…」
「お前キモチ悪いんだよっ! これでも喰らえっ!」
キジの女の子が自称魔界の暗殺者に向かって光の矢を放つ。が、しかし魔界の暗殺者は器用にその矢を回避してみせた。
「ふん、当たらんよ。最初はお前ら全員を暗殺してくれようと思ったが、想像以上に落ち込んでるようだから見逃してやるよ。それよりもこれからも魔王討伐を目指して頑張ってくれたまえ。それで失敗するたび今みたいに絶望した顔を私に見せておくれよな」
「なんて性格が悪いのかしら? 訴えてやる!」
「民事訴訟ならいつでも受けるぞ? それでは私はこのへんで失礼させていただくよ」
「待ちなさい! 魔王って奴はどこにいるのよ?」
「お前らに探し出せるとは思えないが教えてやろう。魔王様は“紅白の向こう側”にいらっしゃるよ。せいぜい頑張って探してみたまえ。アハハハ!!!」
こうして魔界の暗殺者はまるで染み込むように闇に消えていった。