■#003│再開
一連の出来事がももたろう一行に大きな衝撃を与えたことは想像に難くない。
まず一行の精神的な柱だった閼伽凛皇女を失ってしまった。
そしてその閼伽凛皇女が命と引き換えに倒した強敵が、魔王本人ではなく魔王軍四天王のひとりでしかなかったという事実。
しかも最強と思われたあの沙羯羅竜王が四天王の中では一番弱いという事実…。
そうした様々な出来事がももたろうを混乱させてしまったのだ。
仕方なく、一行はももたろう抜きで軍議を始めるしかなかった。
「ももたろうはしばらく使い物にならないわ。だからあたしたちがしっかりしなくちゃ!」
「そうね。まずはももたろうを頂点とした指揮系統を確立しましょう。しばらくの間は主要メンバーの合議制で臨時司令部を運営するしかないでありやす」
「オラはひとまず敵味方双方の損害確認をしてくるよ。あとこの城の構造を把握しておくね」
「あーりんロボはお料理が上手だからみんなのご飯を作るね。みんなお腹空いたでしょう?」
それぞれのメンバーが自発的に活動を始めていった。だが、ももたろうはというと周りのみんながテキパキと動き回るのを、ただただボーっと眺めることしかできなかったのである。
メンバーの想いはひとつ。
一刻も早くももたろうが立ち直って元気な姿を見せてくれること。
そしてももたろうの指揮のもと、魔王を倒して平和な世の中を実現すること。
それはひとえにももたろう自身がいかに回復するかにかかっている。
だがしかし、それは他人にはどうすることもできない領域の話であるはずだった。だからその日が来るまで精いっぱい生きよう。それが今のところメンバーができる唯一のことだから。
それから数日後、ももたろうに来客が現れた。
その来客のおかげでももたろうは少し復活することができた。その来客とは、辺境の星屑村で別れたももたろうの師匠、内山田であった。
「久しぶりだね、ももたろう。すごい偉業を達成したじゃないか!」
「師匠! お元気そうでなによりです。でも…沙羯羅竜王を倒したのはわたしじゃありません」
「閼伽凛皇女のことは聞いたよ。本当に残念だ…。俺がもう少し早く到着していたら何かの役にはたったかもしれないんだが…すまん」
「ううん。師匠のせいではないわ。こうして再び会えるなんて夢みたい」
「夢じゃないさ。そうだ、もっと夢みたいな土産があるぞ。ささ、おふたりともこちらへ」
内山田の言葉に促されて大広間に入ってきたのは、なんとももたろうのおじいさんとおばあさんだった。
三人は駆け寄ってお互いに肩を抱き合いながら再会を喜び合った。
特に閼伽凛皇女を失ったばかりのももたろうにとってはどれだけ心強かったことか。
◆ ◆ ◆
その夜――――。
破魔待城は久々に楽しい雰囲気に包まれていた。
おじいさんとおばあさん、そして内山田を交えての大宴会が催された。
「それにしてもふたりとも、良く無事だったわね。どうやって助かったの?」
「鬼たちが突然村にやって来たんじゃが、なんとお前のことを探しておるんだと言うじゃないか。じゃがわしらもお前の居所を知らなかったもんだから、鬼の連中がたいそう怒ってしまってのう」
「それで村人を全員汽車に詰め込んで運び出してしまったんじゃよ」
「どうして?」
「どうやら奴隷として売り飛ばしてしまおうと考えていたらしいんだ。星屑村だけじゃなく近隣の町や村からも、大量に捕虜が運ばれてきていたからね」
「そうやって運ばれているところを炭焼きの山田…おっと内山田殿が助けてくれたというわけじゃ」
「そうだったんですね。師匠ありがとうございます」
「いや、さすがにひとりでは無理だったから、まずは仲間を集めるところからのスタートだったんだよ。それで今日まで時間がかかってしまったんだ。申し訳ない」
「いいえ。師匠だからできたことです。まさかふたたびおじいさんとおばあさんに会えるなんて、わたしは想像もしていませんでした」
「だから言ったじゃないか。これはおとぎ話なんだから誰も死なないんだって…あっスマン…」
「ももたろうや。お前は生まれた時から将来何かの歴史を更新するような人物になるやもしれんと思うておったが、わしの予感は的中したな。どえらいことを成し遂げたお前は、このじぃじとばぁばの誇りじゃよ。そうだ、お前もそろそろ元服しても良い年頃じゃ。幼名を排して元服名を“ももたろうZ”と名乗るが良い」
「嫌ですよおじいさん。この子は女の子ですよ」
「ウハハ。そうじゃった、そうじゃった」
ご機嫌になったおじいさんが酔いつぶれた頃合いを見計らって、宴会はお開きになった。
その夜、ももたろうは久しぶりにおばあさんと一緒に寝ることにしてもらった。
おばあさんは口では『相変わらず甘えん坊ね』とは言っていたけれど、とっても嬉しそうに見えた。
「皆さんから色々と話は聞かせてもらったよ。ほんに今日まで大変なことじゃったなぁ」
おばあさんの言葉がトリガーになったのだろう。ももたろうはもうしばらくの間、わんわん泣くことしかできなかった。
だがおばあさんはももたろうが泣きやむまで、やさしく微笑みながら見守っていた。
そしてももたろうが落ち着きを取り戻してきた頃を見計らって、ぽつりぽつりと独り言をつぶやきはじめた。
「ほんにあんたは小さい頃から手のかからん子供じゃったなぁ。何か困ったことが起ってしもうた時も、まるで男の子のような顔で『OK、OK』ってなぁ。頼もしいというか。『どうしようって言っている時間があるんだったら、よくなる方法を考えよう』ってよーく言っとったのう」
「そんなこともあったっけ。でもねおばあさん、わたしもうこれ以上鬼退治を続ける自信も気力も無くなってしまったの…」
「そうかい。お前がそう思うならしかたのないことじゃが、このばぁばはやる価値があると思うぞえ」
「そんな…あかりんもいなくなってしまったし、もう無理だよ」
「これまでこのばぁばが『できる』と言ってできなかったためしがあるかいの?お前独りでは無理かもしれんが、あのお友達と一緒ならできひんはずはないと思うちょる」
「…確かに!そうか、ありがとうおばあさん。わたし、あの仲間と一緒ならなんでもできるって気がしてきたわ」
「おほほ。今泣いたカラスが笑いよったわ」
その晩、おばあさんは布団の中で自分自身も母親から『できるわよ、いってらっしゃい』と言われて自信を持つことができたんだってことを思い出していた。
おばあさんはももたろうと隣り合ってまどろみながら、自分が感じたことと同じ感情を人に抱かせることができたってことについて、故郷の墓を訪ねて母親に報告しなければ…。
おばあさんはそんなことを考えながら眠りについた。
― 第拾壱楽章:キミトノアト 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第拾弐楽章│満月と銀紙飛行船
魔王の居城がカスミガ国であることを突き止めたももたろう一行は、万を超える軍勢を引き連れ、万全の態勢を整えて魔王討伐に出発した。しかしその途中、単独行動をしていたイヌの少女は遭難してしまう。彼女を救ったのは美しい吟遊詩人の青年だった。
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【ひとつ前の物語を読む】
第拾楽章│歌う、歌う。
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【登場人物紹介を読む】
⇒ https://www.hajimetanizaki.com/secret/house-of-secrets/shin-momotaro/shin-momotaro-4/
【用語辞典を読む】
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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