■#002│吟遊詩人
ももたろう一行が魔王討伐に出発して数日後のこと。
イヌの少女はセロニアスという吟遊詩人の青年に背負われて、樹海の中を運ばれていた。
なぜそんなことになってしまったのか…? 少し時間を巻き戻してみよう。
◆ ◆ ◆
「さあここまでくればNHKホールもあと少しね」
「予定よりは早く行軍出来ているでありやす。そこで、そろそろみんなも疲れてきている頃だし、今日は一日オフにしたらどうでしょう?」
「賛成ー! オラはなんかめずらしい食べ物がないか探検に行ってくるー!」
「れにちゃんはどうする?」
「そうね…このあたりは珍しい生態系だし、実験に使えそうな薬草なんかも手に入りそうだから探しに行こうかしら?」
「よし、それじゃあ今日はそれぞれやりたいことをやろう。解散!」
イヌの少女は代々魔法使いの家系である。だから不思議な薬草とか、その他色々なものを使って実験したりして暮らしてきた。
ここの樹海はそれまでに住んでいた場所ではなかなか手に入らない貴重な動植物が繁殖していたから、イヌの少女にとってはものすごく興味深い場所に思えた。
でもそのことが後でイヌの少女にピンク、いやピンチを招くことになってしまったのである。
道なき道を進んでいたイヌの少女は、山の斜面に貴重なキノコを発見した。
見たところ明らかに足場が悪そうであったのだが、つい無理をしてしまったのだろう。足を滑らせて、切り立った崖の下へ落ちてしまったのだ。
「痛タタタ。ドジったわ。足をくじいてしまったみたい…」
足を怪我したイヌの少女は、もうそこから動くことができなくなってしまった。
そのうち辺りは暗くなってしまい、ももたろうたちの捜索を期待することもできなくなってしまった。
イヌの少女はお腹も空いてきてしまったし、なにより独りぼっちが心細くなったことでついに泣き始めた。
(ううん、震えているけど泣いてなんかないよ…泣いてなんか…)
そしてそのまま眠ってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
泣き疲れて眠ってしまったイヌの少女は、やがて自分の頬を舐める二匹の犬に起こされる。
二匹の犬はいずれもかなりの大型犬で、“ボルゾイ”と呼ばれる種類の猟犬だった。
そこへ二匹の飼い主と思しき人物からの声が響いた。
「アービィ、ルーファス! どうしたんだい? 何か見つけたのかい?」
猟犬の飼い主は褐色の肌、白金の髪、赤い瞳という身体的特徴を持つ美しい青年だった。
飼い主の声で目を覚ましたイヌの少女は、彼の美しさにみとれてしまって、しばらくの間声を出すことすら忘れてしまっていた。
そんなイヌの少女に気がつき、青年が声をかけた。
「コンバンハ…オレの名前はセロニアス、吟遊詩人さ。恐がらなくていい。君は…いったいどこからやってきたんだい、お嬢ちゃん?」
「あ、あたしは相州於の島というところから来たの。名前はれに。あなたはこの樹海に住んでいるの?」
「オレは、あっちで暮らしたり、こっちで暮らしたりさ。今日はちょうどここにいただけで、明日はまたどこかへいくよ。テントで暮らすって、いいものだぜ。君は、どこかへ行く途中かい?」
「あたしは仲間と一緒に旅をしているの。でも仲間とはぐれてしまって…」
「ん?足を怪我しているようだね。まずオレのテントで手当てをしよう」
結局イヌの少女は吟遊詩人と自称するその青年に背負われて、彼のテントに救助された。
吟遊詩人の青年はイヌの少女の足を慣れた手つきで治療すると、薪を集めて火を起こし、スープをご馳走してくれた。
「れにちゃんは“じみへん”を知っているかい?」
「ジミヘン…? ああ、有名なギタリストね!」
「いや、十五コマ漫画なんだけど…」
「えっ、そっち!?」
吟遊詩人の青年はイヌの少女の肩にやさしく毛布をかけてあげると、これまでの旅で目にした面白い話や、色々な歌を聞かせてくれた。
そしてふたりは永い間、いろいろなことをおしゃべりして時間を過ごした。
「ねえ…初対面のあなたにこんなことを聞くのもおかしいけれど、あたし…なんだかちょっとわからなくなったりする時もあって…自分に『何よ、お前!?』みたいに思ったりすることがあるんだ…。あたしはね、今仲間と一緒に旅をしているの。大きな目標を達成するために。でもね、本当にそれがあたしのやりたいコトなのかなぁって思う時があるんだ。実は大きな目標に立ち向かっている自分に酔ってるだけなんじゃないか、とか。それとも本当は目標達成なんてどうでもよくって、ただ単に仲間と一緒にいたいから頑張っているふりをしているだけなんじゃないか、とかね…。ごめんね、自分でも何が聞きたいのか良く分からなくなっちゃった…」
「フフ…まるで“私なんか彼には相応しくない”って恋を諦めている少女のようだね。相手の男の子にふさわしい自分かどうかを悩む時点で、相手を大切に想っているってことじゃないか? この世にはいくら考えても分からない、でも、長く生きることで分かってくるコトがたくさんあると思う。君も大人になればわかるさ…。ある意味で、大人は子どもよりももっと子どもみたいになることがあるんだよ」
「うん。ありがとう…セロニアス…」
空に浮かんでいた満月が西の空に移った頃、イヌの少女は吟遊詩人の青年と一緒の毛布にくるまりながらウトウトしはじめた。
その愛らしい顔を見ると、吟遊詩人の青年は嬉しそうにつぶやいた。
「あぁ…すがすがしいよ…? 満月も風もとても嬉しそーだ…」
◆ ◆ ◆
「れにちゃん。朝だよ。足の具合はどうだい?」
「ん…セロニアス…おはよう。足は…うん、大丈夫みたい」
「それは良かった。朝食を作ったから一緒に食べよう」
イヌの少女はたぶん吟遊詩人の青年に恋をしたのではなかろうか。彼と離れたくなかったから、食事を終えると勇気を振り絞って仲間に誘ってみたのだ。
「ねぇ…セロニアス…その…あなたがもしひとりぼっちで旅をしているなら、あたしたちと一緒にこない?」
「だめだよ。オレは孤独になりたいんだ。来年の春、また会おう」
「そっか…とても残念だけど…またいつか会いましょう…」
「孤独になるには、旅に出るのがいちばんさ。れにちゃん、悪いけどオレはこのまま出発するよ。それからあんまり大袈裟に考えすぎない様にしろよ。何でも大きくしすぎちゃ駄目だぜ?」
「ありがとう、セロニアス…」
「また“遊”ぼーネ。“れに”ちゃん…」
吟遊詩人の青年が今にも歩き出しそうになったため、イヌの少女は慌ててそれを制した。
「あっ、待ってセロニアス、このテントはどうするの?」
「それはいいテントだが、人間は、ものに執着せぬようにしなきゃ。捨ててしまえよ。小さなパンケーキ焼きの道具も。オレたちには、用のなくなった道具だもの」
吟遊詩人の青年はそう言い残すとテントやその他のアイテムをあっさり置き去りにして、暗い樹海の奥へと消えてしまったのである。
― 第拾弐楽章:満月と銀紙飛行船 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第拾参楽章│ONC狂詩曲(ラプソディ)│終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
ももたろう一行は時空を超えた旅を終え、カンナミ国に到着するやいなや、魔王軍四天王のひとり天魁獏羅天(テンカイバクラテン)が根城としている『暴走爆音梁山泊(ボウソウバクオンリョウザンパク)』という砦の攻略を開始した。
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【ひとつ前の物語を読む】
第拾壱楽章│キミトノアト
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【登場人物紹介を読む】
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【用語辞典を読む】
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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