第拾参楽章│ONC狂詩曲(ラプソディ)

第拾参楽章の表紙

■#001│チート

 破魔待城を出発して、すでに二週間が経過していた。

 ももたろう一行はようやく樹海の中に、伝説の“NHKホール”を発見した。

 その場所は樹海の中だというのに、地面が平らな石で覆われており、ちょっとした広場のような、とにかく人工的な場所であった。

 広場の中央にはやはり石組でできた台座があり、その中心には直径は約三メールほどの穴が丸く空いていた。

 不思議なことに穴の中は真っ暗ではなく、ぼんやりとした青白い光を放ちながら光の柱が渦を巻いているようで、とても幻想的な雰囲気をまとっていた。

 ももたろうは光の柱の前に立つと、くるりと向き直り、行軍に参加した二万人程の兵士たちに向かって大声で語りかけた。

「みーんなー!聞いてー!わたしたちも、スタッフさんも、ファンの方も知らない…ビックリなことが多分…この先にはあると思うんですけどー、それを一緒に乗り越えていきましょうー!ついてきてくださぁーい!!!」

 ももたろうのこの挨拶を聞いて、その場にいたメンバーが一斉に唱和した。

『行こうぜ!!紅白の向こう側っ!!!』

 その声に呼応するかのように、周囲の空間に歪みが生じ始めた。

 時間の流れそのものがゆっくりに感じられ、風景がうねうねと蛇行するように波を打ちはじめる。

 その後、巨大なラスタースクロールが発生し、NHKホール全体が地鳴りのような音をたてはじめた。

 そして稲光が周囲を真っ白に覆い尽くしたと思った次の瞬間、ももたろう一行の姿はもうそこにはなかったのである。

◆   ◆   ◆

 ももたろう一行は時空を超えた旅を終え、カンナミ国に到着するやいなや、魔王軍四天王のひとり天魁獏羅天(テンカイバクラテン)が根城としている『暴走爆音梁山泊(ボウソウバクオンリョウザンパク)』という砦の攻略を開始した。

 当初は戦力的にももたろう一行の方に分があると思われていたが、そこはやはりアウェーの洗礼というヤツなのか、なかなか攻略の糸口が見えてこなかった。

 それどころか、砦を固く守っているだけと思われていた敵には実は別働隊があり、その伏兵に後背を衝かれてしまい、ももたろう一行は砦から数キロ程度の後退を余儀なくされていた。

 敵の別働隊は『馬威駆(バイク)』と呼ばれる二輪車に分乗し、『父なる神の愛の主題』と彼らが呼んでいるテーマ曲を爆音で流しながらももたろう一行の戦列に突入をしてきた。

 ももたろう一行はあちらこちらで隊列を分断され、一時は総崩れになりそうな危険な状況を必死に回避しながら、撤退を進めてきたのである。

 なぜ、こうもたやすく隊列が崩壊してしまったのかについては、二つの理由が考えられる。

 ひとつは、ももたろう一行がそれまで見たことも無い機動兵器の爆音と、その機動性に驚いてしまったという点だ。

 そしてもうひとつ。

 天魁獏羅天配下の兵士は『KISSES(キッシーズ)』と呼ばれているらしいが、大概は旧帝国陸軍の制服をモチーフにした真っ黒な詰襟の戦闘服を着用している。

 これが集団になった時の凶悪さといったら…。

 したがって、どちらかというと草食系というか、性格のやさしいモノノフの騎士たちが、いかにも悪そうな風貌のKISSESにビビってしまったという側面があることは否めない。

 ももたろう一行は一時的に暴走爆音梁山泊の攻略をあきらめ、砦から二キロほど南にあるエリアに結集していた。

 そこで態勢を立て直し、再攻勢に打って出るための準備を始めていた。

 しかし、実はその時、ももたろうは内心かなり焦っていた。

 なぜならばKISSESが搭乗する機動兵器に対して、有効な対抗策を見いだせていなかったからである。

「ねえっ!敵のあの二輪の馬はなんなのっ!?あんな機動兵器があるなんて聞いてないわよっ!あんなの完全にチート(ズル)じゃん!」

「そうね。青銅器文明時代に精鉄の技術を持った主人公がワープしてきて戦に勝っちゃう、みたいな?」

「いかにも最近のラノベにありそうな設定だナ」

「ラノベって?」

「ええと…話がややこしくなるからまた今度ね」

「ねえももたろう。とにかく相手の機動力をどうにかするしかないわ」

「うん。わたしも同じことを考えていたところ。でもどうやって…?」

 一同が困り果てているところへ内山田が不敵な笑みを浮かべながらやってきた。

「ふっふっふっ。こんなこともあろうかと“秘策”を用意してきたよ」

「あっ、師匠!秘策っていったいなんですか?」

「実はこの日のために作らせた秘密兵器があるんだよ。おーい、入ってくれ」

 内山田が声をかけると一丁の火縄銃を持った武器商人が現れた。

「こんにちは。わたくし堺で武器商人をやってます、尽力社の…」

「あーっ!あんたもしかして“痴漢のパーケン”じゃない!?久しぶりー。元気だった?」

「いやだからそれは冤罪ですからっ!ってお久しぶりですももたろうさん…」

 武器商人の男はもともと星屑村の出身で、ももたろうも見知った顔であった。

 ある時、痴漢と疑われてしまったかわいそうな人でもある。

 実のところ痴漢行為は冤罪で、本人も不起訴処分になった。しかしやはり村には居づらくなってしまい、当時“東洋のベニス”と呼ばれ、貿易港としてとして栄華を極めた堺の街へ丁稚奉公に出ていたのである。

「内山田さん。ご所望の鉄砲をお届けにあがりました。お確かめを」

「いやぁこれは素晴らしい。これなら敵の機動兵器に対抗出来るぞ」

「師匠。そのテッポウというのは…?」

「うん。これはね、今から三十年ほど前に大隅国の種子島に南蛮から伝わった最新兵器なんだ。火薬の力で鉄の弾丸を打ち出す仕組みで、射程や威力は弓の比じゃない」

「テッポウについては私も聞いたことがありやす。ですが一度発射してしまうと次弾の装填に時間がかかってしまい、実戦では役に立たないと聞いておりますが…?」

「おっしゃるとおり。ただしそれは単品で運用する場合だね。今回はこの鉄砲を三千丁発注したんだけど、それを千丁づつの三隊に分けて運用するつもりなんだ。つまり一度射撃を行った者は後ろの者に入れ替わる。次に自分の番が回ってくるまでの間に次弾の装填を完了させておくって寸法さ。この運用方法なら限りなく連射に近い状況を作り出せるだろう?」

「おおっ、確かに」

「それから実はもうひとつ秘策がある。彼らとの白兵戦を避けるために、戦場に『馬防柵(バボウサク)』を設けるんだ。幸いなことに我々が陣取っているこの場所は小川や沢に沿って丘陵地が南北にいくつも連なっている場所だろ?相手からはきっとこちらの陣の深遠までは見渡せないはずだ。この点を利用して、こちらの軍勢を敵から見えないよう、途切れ途切れに布陣させようと思う。小川や沢に沿って土塁を積み、そこへ迷路のように馬防柵を設けるんだ。相手にとっては突然城が現れたようなものじゃないか。機動力が自慢の相手がいきなり不向きな攻城戦を強いられるんだからきっと機能しなくなると思うんだよね」

「小官も非常に理にかなった戦術と思います」

「さらに、だ」

「ええっ、まだあるんですか師匠!?」

「まあね。さて、れにちゃん、君は自由に雨を降らせることが出来ると聞いたけど、ここでも可能かい?」

「フッフッフッ。あたしを誰だと思っているの?あたしこう見えても“紫電の魔女”って呼ばれているのよ?」

「そうか。ではまず我々の周囲に一時的に大雨を降らせて欲しい。これは相手の進行を食い止め、馬防柵を作る時間をかせぐという意味と彼らの機動力を奪うため、地面をぬかるませるという二つの意味がある。ただし雨の中では鉄砲は使用できないので、馬防柵が完成した時点で雨は止んでいて欲しいんだけど…」

「なんという策士ぶり…小官は感服したでありやす」

「さすがは師匠。でもそんなにいいアイデアがあるんなら、もっと早く言ってくださいよぅ」

「すまんすまん。でも最近仕事の発注が無いからあまり出しゃばらない方がいいのかなと思ってさ」

「そんなことないですよ。確かに最近は偉い先生方への依頼が多いですけど、師匠の曲の方がコールとかしやすいってみんな言ってますよ?」

「ねえ“曲”って何のこと?」

「たぶん大人の事情がらみの話だからオラたちは深入りしない方がいいんじゃねぇか?」

「よーし!それじゃあ作戦開始ね!」

「この作戦が成功したらみんなきっとあたしの大切さを思い知るよ!」

イヌの少女は両手を腰に当て、周囲をドヤ顔で見まわした。

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