■#002│悪魔の鉄槌
それから数時間の間はももたろう側からは積極的な攻撃が無かった分、それが逆に天魁獏羅天の怒りを買う結果になってしまった。
天魁獏羅天は砦の南方に敵の部隊を包囲したという報告を受け、自ら専用の馬威駆にまたがり最前線まで出陣してきた。
しかしももたろうの軍勢がぱったりと動きを止めてしまったことに腹を立てていたのである。
好戦的な性格の天魁獏羅天にしてみたら、両軍が激突することで、自分も戦場で大暴れ出来ると楽しみにしていたのであろう。
「ヤツらはいったいどうしちまったんだ!モグラみたいに穴の中でじっとしやがって!殺すつもりで来い…じゃねーと…てめーらが“死”ぬゾ…?」
天魁獏羅天は先ほどから総攻撃を主張していたが、天候の不順を理由に側近たちがなんとかおしとどめている状況だった。
けれどようやく雨が上がって視界が良好になったので、その理由も無くなってしまった。
そしてなにより天魁獏羅天が総攻撃を開始するきっかけを作ったのはももたろうの挑発だった。
「よーし、雨もあがったみたいね。やい天魁獏羅天!今から悪い鬼はわたしたちが退治してあげるからねっ!」
「退治する…?“誰”が“誰”をよ?」
完全にブチ切れた天魁獏羅天をおしとどめることなんて、もう誰にもできなかった。
正午過ぎ――――。
ついに天魁獏羅天配下のKISSESたちが馬威駆に分乗し、彼らのテーマソングである『父なる神の愛の主題』を爆音で流しながらももたろう軍の中枢目指して突入を開始した。
しかし雨でぬかるんだ地面は内山田の思惑通り、彼らから一番の武器である機動力を取り上げてしまった。
加えて迷路のように張り巡らされた馬防柵に行く手を阻まれ、KISSESたちは次々とももたろう鉄砲隊の標的となってしまったのである。
そのことで怒りを更に深めた天魁獏羅天は、ももたろう軍の馬防柵を使った築城があくまで急ごしらえであることと見抜くと、ももたろうの本営に向かって彼の必殺技である『悪魔の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』を放った。
さすがに沙羯羅竜王よりもさらに強いと称されていただけのことはある。
『悪魔の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』の一撃は、まるでショートケーキに刺さったろうそくをなぎ倒すように、ももたろう軍の馬防柵をいともたやすく打ち砕いてしまった。
その結果、さながら『エクソダス(出エジプト記)』で紅海を真っ二つに割ったモーゼのごとく、ももたろうの本営まで一直線の道が出現した。
天魁獏羅天はその機を逃さず、すかさずももたろうの本営まで馬威駆で突入を開始した。
もちろん天魁獏羅天の側近たちも天魁獏羅天の意図を敏感に感じ取って、そのまま天魁獏羅天の馬威駆を追走しはじめたのである。
今度はももたろう陣営が青くなる番だ。
動きの鈍った敵を、難なく全滅させられるという手ごたえをつかんだばっかりだったかだ。
天魁獏羅天は視界の先にももたろうを捉えるとフルスロットルでその場所を目指す。
と同時に、ふたたび『悪魔の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』を発動させる呪文を唱え始めた。
恐らく詠唱が完了してしまえば、ももたろうだけでなく、その周囲の数十メール付近は完全に蒸発してしまっていただろう。
やがて乗車する馬威駆がトップスピードに達し、天魁獏羅天が己の勝利を確信した刹那、彼は視界の先に割って入る人影を目撃した。
◆ ◆ ◆
雨が上がり、天魁獏羅天の軍勢が突入を開始した頃、戦場を一番俯瞰的に見ていた人物はイヌの少女だった。
彼女はももたろうの本営のやや後方に立てられた高い櫓の上にあって、雨乞いのための魔法を詠唱していた。
もともと彼女の魔法は、精霊との契約により発動する精霊魔術である。
風の元素界から雷精を呼出しコントロールする仕組みなのだが、それを応用すれば雨を降らせることなど彼女にとっては造作もないことだ。
雨を降らせた後に戦局を見守っていたイヌの少女は、心の中で『大勢は決したな』と感じていた。
(内山田さんが立案した作戦通りに戦局は推移している)
そう思って安心した直後、櫓のすぐ近くを強大な衝撃波が通過した。
そう、その正体は天魁獏羅天が放った『悪魔の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』という必殺技だ。
何事かと思って目をやると、天魁獏羅天の馬威駆が一直線にももたろうの本営に突っ込んでくるのが見えた。
それを見たとたん、イヌの少女の背中には、ものすごく嫌~な汗が噴き出してきた。
その理由は、先ほど脇を通り抜けた衝撃波の正体が暗黒魔術によるものだと分かったから、というのもある。
彼女の精霊魔術と違って暗黒魔術は悪魔との契約により使用できる魔法で、非常に強力な攻撃系の魔法が多く存在するからだ。
だからイヌの少女はもしあの衝撃波の直撃を受けてしまっては、ももたろうとて無事では済まないということがすぐに理解できた。
だが、本当の理由はそこじゃない。
イヌの少女の背中に噴き出た嫌な汗の正体は…。
馬威駆に乗っている人物が恐らく敵の大将である天魁獏羅天なんだろうな、と想像がついたことと、その人物がつい先日出会ったばかりの吟遊詩人の青年だってことに気がついたからだ。
イヌの少女は櫓を離れ、必死で駆け出してももたろうのもとへ急行した。
そして天魁獏羅天の馬威駆の進路をふさぐように、両腕を左右に大きくひらいて立ちはだかったのである。
これには天魁獏羅天も驚いた。
(なんだ?…れ、れにちゃん!?まさか…血を流しすぎたのか…?“幻覚”…!?)
「もうやめて、セロニアス!」
(あぁ…本当に…ホントに…“そこ”に“存在”んだネ…?オマエ…)
天魁獏羅天からは、もうハンドルを操作しようという意志は失われてしまった。
彼の馬威駆は進路を外れ、ももたろう本営の手前の斜面にそのままの勢いで突っ込み、天魁獏羅天の体は大きく投げ出された。
背中から地面にたたきつけられた天魁獏羅天に、イヌの少女が駆け寄った。
「セロニアス!!!」
イヌの少女は泣きながら天魁獏羅天の横に座り込み、小刻みに震えだした。
「れ、れにちゃん…なんでももたろうの…と、ところになんか居るんだい?俺んとこ…こ、こないか?」
「ごめんなさい、セロニアス…ごめんなさい…あたしたち、どうしても“紅白の向こう側”を目指さないといけないの…あなたとの間に生まれたこの“絆”は失いたくないけど…」
「そうか…“紅白の向こう側”か…そういうことか…ねぇ、れにちゃんといるだけでなんか“遺伝子”が笑うよ?“絆”なんてもんは今更言わなくていいから…」
「ごめんなさい。ももたろうのことは嫌いになっても、私のことは嫌いにならないで…」
「“事故"る奴は…“不運”(ハードラック)と“踊”(ダンス)っちまったんだよ…れにちゃんのせいじゃないさ」
「ごめんなさい、セロニアス…」
「もう…大丈夫…オレは…れにちゃんの“友達”だから…さあお行き、もうれにちゃんは…決して…独りぼっちなんかじゃナイから…」
「いや…しっかりしてセロニアス…あたしを独りにしないで…」
「背中押してアゲル…蹴ってアゲル…キミを好きでいてアゲル…それでも独りって言うなら“バカヤローっ!”って言ってアゲル…」
「セロニアス…」
「バイバイ…“れに”ちゃん…」
こうしてももたろう一行は“昭和の名勝負製造機”と呼ばれた魔王軍四天王の一人で暴走爆音梁山泊の総頭領、白虎こと雷帝・天魁獏羅天を倒すことに成功したのである。
― 第拾参楽章│ONC狂詩曲(ラプソディ) 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第拾四楽章│Red of the August -brandnew journey-
天魁獏羅天を倒したももたろう一行は、次なる攻略目標である『赤辺古四十八士団撃城(アカベコシジュウハッシダンゲキジョウ)』を目指した。そこでももたろう達は朱雀こと炎帝・迦楼羅姫(エンテイ・カルラヒメ)から不思議な歓待を受けるのだった。
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【ひとつ前の物語を読む】
第拾弐楽章│満月と銀紙飛行船│終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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【登場人物紹介を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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