■#002│リーダーの条件
どうやらさっきのガードマンは下っ端で、この二十人の女の子たちの方こそが圧倒的に強い戦闘力を有しているようである。もしこの場に“スカウター”というものがあったなら、恐らくケタの違う数値を示していたことだろう。
「さてと、さくっと済ませちゃおうか!」
迦楼羅姫の発言を境に大乱闘が再開された。
ももたろう一行と二十人の女の子たちとの一進一退の攻防が続いてはいた。それに終止符を打ったのは迦楼羅姫であった。
「学芸会はこのへんで終わりにしましょうか。これ以上長くやると怒るわよ…」
迦楼羅姫が手にしていた紅蓮の炎扇を振りかざすと『煉獄羅刹乱舞(サシハラスメント)』という必殺技が発動した。
次の瞬間、すでにももたろうたちは床にたたきのめされた。
一瞬の出来ごとに、ももたろうたちは自分が何をされたのか理解する時間すら与えられなかった。
「悪いけど、あんたたちとは次元が違うのよ。実力だけじゃなく“覚悟”もね」
迦楼羅姫は床に倒れこんで朦朧としているももたろうたちを一瞥すると、もう聞こえていないかもね、とは思いつつ、独り語りを始めた。
「私の故郷(ふるさと)はオオキタ国といって、穏やかな海と広い平野があって緑が豊かな土地だった。私たちはそこで慎ましやかに、そして平和に暮らしていたのに…。あるときあんたたち人間がやってきて勝手に自然を破壊し始めたんだ。私たちがおとなしく従っているのを良いことに、だんだんと横柄な態度をとるようになってきてさ…」
迦楼羅姫はまだ自分が幼かった頃に妹たちが人間によって蹂躙されていく様をどうすることもできなかったと述懐した。つまり彼女には人間を憎むだけの理由があったっということだ。
「だから私は強くなくてはならないの…強くなければ。あんたたちは強くなりたいと願ったことはない?欲望ってね、満たされれば満たされるほどもっと大きくなるでしょ?海の水を飲むともっと喉が渇くみたいに。私はね時々それが怖くなるときがあるの。私の中にモンスターがいるって感じがするのよ。でもね…心の中にモンスターを飼っていない女性は“お子さまランチ”フフッ。でもモンスターに食い殺されるような女はただの負け犬。旗が立っているだけ、お子さまランチのほうがよっぽどましだわ。だから“飼い慣らす”のよ。相反する二つのものを自分の中で飼い慣らすの。闇と光、希望と絶望、愛と憎しみ、感情と肉体…それが本当に強い女ってものだわ」
その頃になってようやくももたろうたちの意識もはっきりしだした。
「あ…あなたに戦う理由があるように、わたしたちにも負けられない理由があるわ…」
「そうね。悲しいけ、これ…戦争なのよね」
「でもさ、ケンカできたってことは、仲直りもできるってことなんじゃねぇカ?」
「私はシュークリームをくれるなら、仲良くしてあげてもイイな❤」
「いや…自分は許せないことがひとつだけありやす。それは仲間を蹴落として一位の座を奪ったという点よ。仲間同士で足の引っ張り合いをするなんて考えられない。仲間の敗北はチームの敗北だわ。それなのに仲間が脱落してゆく様を喜ぶ気持ちは自分には解らないでありやす」
「あははははっ!おいそこのキジっ娘さん。この期に及んでまだそんなキレイごとを言うのかい?それじゃあ今からお前の大切なお仲間とやらを一人づつ順番に殺してやるよ。お前は大した力も無いくせに、仲間を助けることができるって言うのかい?ハンっ!この“クソチビ”絶対に一位になれそうもない三下がイキがんじゃねえよ!」
「ク…クソチビ…?」
キジの女の子の瞳孔は開き、口だけがパクパクと動いた。そして他のメンバーは身動きひとつできないまでに打ちのめされてしまっていたけれど、キジの女の子だけはヨロヨロしながらもどうにか立ち上がることに成功した。
あの小さい身体(からだ)のどこにそんなエネルギーがあったのか不思議ではあるが、その瞬間キジの女の子を支えていたのは純粋な“怒り”だったのかもしれない。
「あ、なんか知らないけどあの子、ヘンなスイッチが入っちゃったみたい…」
「アイツ凄ぇな。オラたち身動きすらできないってのに…」
キジの女の子はよろけながらもどうにか立ち上がり、ラメの入ったキラキラした手袋を右手にはめた。そしてももたろうの方に振り返ってこう言った。
「別に、私がアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
普段の彼女からは想像もできない殺意のこもったセリフと狂気に満ちた瞳に気圧され、ももたろうもつい『あ、よろしくお願いします』と反応してしまった。そうするのが精一杯だった。
キジの女の子は血走った、それでいてどこか虚ろな瞳のまま呪文のようなものを詠唱し始めた…。もうそれはすでに“キジの女の子”ではなく、何か別の人格が降臨してきたかのように周囲の者には見えた。
「…体は剣で出来ている…」
キジの女の子がつぶやくと周囲の空気が変わった。
「血潮は鉄で心は硝子」
その様子を見ていた迦楼羅姫は、何かに気がついた様子で、独り驚愕の表情を浮かべた。さすが“空気読む天才”と言われているだけのことはある。
「ま、まさか…“固有結界(リアリティ・マーブル)”を張るつもりなんじゃ…?」
迦楼羅姫の狼狽ぶりにももたろうが反応した。
「固有結界?」
「私の想像だけど、あのクソチビは自分の心象風景を現実世界に具現化させる禁忌の大魔術を使うつもりなんじゃないかしら!?」
「え?え?何を言っているか全然分かんないんだけど…」
「もう!とにかく技が発動する前にあのクソチビを止めないと!固有結界がひとたび発動してしまったら私らどころかこの惑星が消し飛ぶわ!」
とにかく未だに意味は分かってないんだけど、迦楼羅姫の必死の形相から“ヤバいんだ”ってことはももたろうにも理解できた。
できたんだけど…。
「でもどうしよう。体が動かないんだけど…」
「とにかくなんとかしなさいよ!あんた天才なんでしょ?」
「天才?そーです、私AB型で左利きなんですぅ♪テヘペロ」
「今それ関係ねぇダロ!」
「っていうかなんであたしらに頼るのよ?自分でなんとかしなさいよ、このへたれクイーン!」
そうこうしているウチにキジの女の子の魔法詠唱が完了したようだ。
「行くぞ、炎帝。武器の貯蔵は充分か?」
キジの女の子の瞳が緑色に燃えていた。
キジの女の子がどんな魔法を使おうとしているのかは不明だが、先ほどから地鳴りがして赤辺古四十八士団撃城全体が細かく振動を始めていた。
「ねえ、なんか剣がいーっぱい地面に突き刺さってるのが見えるんだけど。そろそろヤバくない?」
ももたろうたちが食事をしていた大広間では照明のシャンデリアが落ちてきたり、テーブルから食器が落ちたり、それはそれは不穏な空気が流れ始めた。
「う…わ…ヤ…ヤバい。これ絶対ヤバいわよ!」
迦楼羅姫の顔が徐々に引きつってゆく。それを目の当たりにしてももたろうも一層の焦りを覚えた。
「え、えーと…ロ、ロックファンの皆さーん!目を覚ましてくださーい!!!」
とにかくキジの女の子の目を覚まさなきゃ、と考えたももたろうは大声で何か叫ぼうとした結果、なんだかとっても意味不明なことを口走ってしまった。
その直後、赤辺古四十八士団撃城の大広間はまばゆい光に包まれて――――。
◆ ◆ ◆
「ぶはっ!危なかったでありやす!」
キジの女の子はまるで悪夢から目が覚めた時さながらに、びっしょり汗をかきながら意識を取り戻した。
どうやらキジの女の子の“固有結界”ってヤツは発動する直前に彼女自身によって阻止することができたみたい。
「フッ…負けたわ。敵のリーダーに敗れるならともかく、よもや五番手の三下に圧倒されるとは。この私もヤキがまわったわね。しょうがないから私はこれで消えることにするわ。今日からこの城はあなたたちのものよ」
迦楼羅姫は素直に負けを認めると、潔くその場から立ち去ろうとした。しかしももたろうは迦楼羅姫を追いかけてその行く手を阻むと、そっと彼女を抱きとめた。
「そんな…どうして?何で?」
「みんなわかるのよ、あなたの気持ちが…。みんな孤独と戦ってるの」
「ごめん…」
「さっきあなたはウチの杏果の事を“五番手の三下”と言ったわね。でもねウチはわたしが一番強いからリーダーをやっているんじゃないのよ。むしろわたしはこのメンバーの中で一番弱いんじゃないかと思う」
「なんですって?なぜそんなヤツがリーダーになれんのよ?」
「わたしにも分かんない。でもウチらにはそれぞれ役割があって誰が欠けてもチームとして機能しないの。だからチームの中で順番とかは無いのよ。たまたまわたしがリーダーっていう役割なだけ」
「なんとなくだけど、あんたたちの強さが分かった気がするわ。私とは根本的に考え方は違うけど…」
「わたしは一人じゃなにもできないから、弱さを隠してた。でも今はこうしてみんなのことを支えにしている。だから…これからも、一緒に前を向いていきましょう?」
「それ、あたしのセリフ…(笑)」
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― 第拾四楽章:Red of the August -brandnew journey- 完 ―
メモ
【ひとつ前の物語を読む】
第拾参楽章│ONC狂詩曲(ラプソディ)
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【用語辞典を読む】
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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