■#003│西の丘の砂塵
その日の夜――――。
「いーただーきーまーす!」
「さあ、たんとお食べ。お前の好きなサラダもたくさんあるからね」
「ねえ、おじいさん。『黒い終末(カブラ・サダブラ)』を知ってる?今日村の人たちが話していたんだけど…」
「ああ、知っているとも。じゃがな、鬼が色を喰らうというのは迷信じゃ」
「ええっ、そうなの?なぁんだ、それを聞いて安心したわ♪」
「ももたろう、良くお聞き。皆が『鬼』と呼んでるのは決して妖怪や物の怪の類では無い。実は彼らも我々と同じ人間なのじゃよ…」
「そうなの!?そんな話は初めて聞いたけど…」
「彼らとは、もともと文化や言葉が違うだけなんじゃ。それを昔の人が気味悪がって『鬼』と呼んでしまったんじゃろう…。その呼称だけが独り歩きをしてしまったというわけじゃ。なんとも嘆かわしいことじゃて…」
◆ ◆ ◆
それから数日後、ももたろうはまた西の丘を訪れていた。
そこにはいつもの風景が広がっているはずだった。しかし、今日だけは平原のはるか彼方に砂塵が見えた。
慌てて双眼鏡を構えると、ももたろうの目には砂塵を巻き上げてこっちに向かって移動してくる『何か』が映った。それが何なのかが分からない。ひとまずももたろうは手ごろな茂みに隠れて待つことにした。
やがて砂塵の正体が明らかになる。それは四頭立ての馬車が、数匹の鬼に追われているところであった。馬車の車体全体は漆で塗られ、いたるところに金細工が施されていた。いわゆる『儀装馬車(ギソウバシャ)』と呼ばれる豪華な造りで、一目で高貴な人物が乗っていることが想像できた。
儀装馬車を操っている御者はおかっぱ頭に眼鏡をかけた気の弱そうな男だ。ずんぐりとした体形で、くちびるがぶ厚つい。明らかに動揺した顔をしている。
たまに気が付いたように護身弩(クロスボウ)で鬼を攻撃してはいるが、慌てふためいているから全然的に当たらない。気持ちは分かるが、もっと落ち着いてしっかりと狙いを定めれば良いのにと思う。
そうこうしているうちに馬車に異変が起きた。左側の前輪が岩に乗り上げた反動で馬車が横転し、その場に横倒しになってしまったのだ。馬たちも驚いて大きな声で嘶いた。御者はというとその勢いで座席からポーンと投げ出され、そのまま顔面から地面にたたきつけられて動かなくなった。
(あー、これヤバイね)
その光景を見て、ついにももたろうが動いた。
ももたろうはこの時、生まれて初めて鬼を見た。鬼たちはこれまでにももたろうが見たこともないような奇抜な格好をしていた。赤や青の鮮やかな色彩でボディペイントがされており、頭には動物の角をかたどった飾りなどを付けていて、まぁ確かに文化的な背景が自分たちとは違うな、ということが実感できた。
とはいえ、やはりおじいさんに教えられたとおり、中身は自分たちと変わりないということも理解ができた。そのことが自分の攻撃も相手にダメージを与えられるだろう、という自信にもつながった。
ももたろうは足元にあった拳ほどの石を拾うと、慎重に、しかし大胆に馬車に近づいた。そしてここが間合いだと確信すると、全速力で駆け出した。
一番後ろにいた鬼がももたろうの足音に気がついて振り向いた瞬間、持っていた石を鬼の顔面にフルスイングでぶち込んだ。顔面を強打された鬼は、「ガッ!」と短い悲鳴をあげてその場に倒れこんだ。
異変に気が付いた他の鬼たちが一斉に騒ぎ始めた。
「ダ=ノモニ!ナエマ!オーオ!」
「ツ=ヤナクャ!シコイ!エーエ!」
彼らの言葉は明らかにももたろうたち人間のそれとは異なっていた。
「フンッ、何言ってるか分かんないよ!でもどうせ悪口なんでしょッ!?これでもくらえッ!」
石による攻撃に効果があったので、ももたろうにもがぜん余裕が生まれていた。最初に倒した鬼が手放した『六角鉄棒(ロッカクカナボウ)』を拾い上げると、そのまま一気に残りの鬼たちに打ちつけた。
不意を衝かれた鬼たちはそれぞれダメージを負ってしまい、傷ついた仲間を両側から支え、その場からあたふたと逃げだした。
(ふう。イガイト カンタン…)
こうして辺りに静寂が戻った。
◆ ◆ ◆
ももたろうが馬車に戻ると、横たわる御者の傍に青いドレスを着た女性がうずくまっていた。どうやら御者は頭を強く打ったようで、側頭部からかなり出血している。
おそらく青いドレスの女性は御者の主なのだと思う。しかし今は、泣きながら御者の顔の血を拭き取ってあげていた。
「鬼は去ったわ。安心して」
ももたろうから青いドレスの女性に声をかけた。
「はい。危ないところを助けてくださり感謝いたします」
「見たところ、あなたにはお怪我はないようね。だけど…お伴の方は…」
御者の出血は収まる気配がない。ももたろうは止血のため、持っていた『Keep Whiteberet Save The World』と書かれた派手な柄のタオルを御者の頭部へ巻きつけてやった。しかし心の中では「恐らくこの人はもう永くはないだろうな」と考えていた。
「う…、姫様…ご無事、ですか…?」
御者が目を覚ました。
「大事ありません。こちらのお方が助けてくださいました」
「そ、それは、よう、ございまし、た…。ゆ、勇者様。危ないところを助けてくださり、あ、ありがとうございます」
「そんなぁ、勇者だなんてw」
「勇者様。お、お願いがございます。こちらにおわすお方は、『青き丘の国』の皇女、閼伽凛(アカリン)様でございます」
「な、なんですってー!?」
「わたくしはもう永くありません。どうか、どうか、あ、閼伽凛様の力になってくださいまし」
「侍従長、何を言うのです! あなたには末長くわたくしの傍に仕えてもらわねばなりません。気をしっかり持つのです!」
「閼伽凛様…わたくしのような者に…そのような…。わたくしは幸せ者でございます。ですが、王家再興の夢を果たして差し上げられず、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです…」
「いいえ、そうではありません。わたくしが不甲斐ないばかりに、皆の期待に応えることができなかったのです」
「いいえ…いいえ、閼伽凛様は本当にご立派になられました。わ、わたくしは貴女様を『路上』の頃より見守ってきたのですから…分かります」
(路上って、いったい…?)
「わたくしに仕えた者たちは、お前を残し皆亡くなってしまいました。これまで仕えてくれたすべての者たちに詫びを言います。そして感謝を捧げます」
「もったいないお言葉…亡くなった者たちに…そのように、伝えて、ま、いり……」
御者はそう言い残し、事切れてしまった。
「侍従長ッ!リョータさんッ!? おいっ豚メガネッ!死ぬな!わたくしを残して先に隠れるなど、ずるいではないかッ!『天の声』の勤めはどうするのだ?ううっ、あぐぅ…ううっ…」
閼伽凛皇女は自分が幼かった頃から侍従長に見守られていたことを知っていた。お礼を伝えようとするが、しかしもう言葉にならなくてその場に泣き崩れてしまうのだった。
― 第壱楽章:天手力女 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第弐楽章│火葬ディストピア
ももたろうは閼伽凛皇女を連れて馬車で星屑村を目指した。しかし馬車が『尼狐道(ニコドウ)』と呼ばれる街道の手前に差し掛かったところでふたたび鬼の襲撃に合う。万全の態勢で襲いに来る鬼たち。ももたろうに最大のピンチが訪れる。
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【ひとつ前の物語を読む】
プロローグ│Carmina Burana da Z
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【登場人物紹介を読む】
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【用語辞典を読む】
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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