■#003│愛の目盛り
「眠いッ!」
「そりゃそうよ、明け方まであんなに騒いで。よく他の宿泊客からクレームが来なかったわね」
「何よー、あかりんだって一緒に騒いでたじゃん」
「あかりん? …まあいいかどーでも。それより睡眠不足でお肌がボロボロだわ。やっぱりわたくしのピークは中二だったのね…」
「もー、お化粧なんていいから、朝ごはん食べに行こうよー」
旅館の食堂での朝食を手短に済ませると、ふたりはふたたび西を目指した。しかし特に行く当てがあっての行動ではない。大雑把には青き丘の国の王都を目指してはいるものの、その効率は自然と悪いものになった。
特にももたろうは今まで星屑村から出たことがないため、見るもの聞くものがすべて新鮮で、そのたびごとに道草を食ってしまう。
「ももたろうって、ホント計画性ってモンがないわねっ!」
「計画性がないわけじゃないよ。行動が遅いだけ。あとはめんどくさがりで、負けず嫌いなだけ」
「プラス、人の話を聞いていない」
「なんか言った?」
「別にぃー」
この頃になると閼伽凛皇女の焦りもさらに強さを増していた。現在は相州(ソウシュウ)というエリアに入り、順調に王都には近づいているものの、一緒に戦ってくれる仲間が増えたわけではなかったからだ。
この日、だしぬけにふたりに声をかける人物が現れた――――。
「♪~この胸のときめきほぉ~はぁ~なぁ~たぁ~にぃひ~いぃ~っと。やあーももたろうちゃん、閼伽凛ちゃん。元気かな?」
振り向くと、麦わら帽子を被ってアロハシャツを着た肌の黒い男性が鼻唄を歌いながら近づいてきていた。
「えっ?どうしてわたしたちの名前を知っているの? つーか誰?」
「ご挨拶だなぁ。わたしはね、こういう者です」
差し出された名刺には「#A55A4A」と書かれている。
「あのー、これってなんて読むんですか?」
「いやぁ、これは失敬! これは教えてあげても地球人には発音できないんだってことを忘れてた。わたしの事は南国落花生(ナンゴクラッカセイ)とでも呼んでくれ」
「で?南ピー風情が何かご用でしょうか?」
「いやぁ、ももたろうと色黒ウ。何かの縁があるんじゃないかと感じてね…なんちゃって。ああっ待って! 行かないでッ!」
「わたくしたち、そんなにヒマじゃありませんの」
「まぁ聞きなさい。わたしはね、こう見えても『黄麦山(オウバクサン)』という山で修業した、れっきとした仙人だ。君たちの事はいつも山の上から見ていたよ。どうやらお困りの様だから、こうして山を降りてきたって訳さ」
「まあ!仙人様とはつゆ知らず、ご無礼をいたしました。それで、仙人様がわたくしたちの進むべき道をお示しくださると?」
「そうだよー。君たちはこれから相州於の島(ソウシュウオノシマ)を目指すといい。そこで『紫電の魔女(シデンノマジョ)』を探すんだ。きっと君たちに力を貸してくれる人物だと思うからさ」
「はい。『紫電の魔女』ですね。分かりました。探してみます」
「それではごきげんよう。もし君たちが進むべき道に迷った時、わたしは必ず現れるから。これからも君たちを見守っているよー、じゃぁなー!!」
南国落花生仙人はふたりにそう告げると、また鼻唄を歌いながら去っていった。そしてふたりはようやく旅の当面の目的を見つけて、半信半疑ながらも相州於の島を目指すことにした。