■#003│賞金稼ぎ
翌日。マジックショー二日目――――。
そこには昨日の失敗が嘘のように、晴れやかな表情でマジックを披露するイヌの少女の姿があった。
初日と同様に次々とマジックを成功させるイヌの少女。そしてついにその時がやってくる。
「さあ、それじゃあ次は『幽体離脱』という、とっておきのマジックに挑戦するよ!」
(れにちゃん頑張って! 恐怖心を飼いならすのよ…)
(まず落ち着こう。この心に棲むネガティヴを超えるんだ。今日は絶対に成功させてみせる)
イヌの少女が入った棺桶が水槽の中に投下される。観客がそれを見届けてから、水槽に黒い布がかけられ、これで準備万端――――。
ももたろうがそう思った次の瞬間、とんでもないハプニングが発生した!
ステージの最中にも関わらず二十人ほどの集団が、奇声を発しながらショーに乱入してきたのだ。
この輩たちは『MTH団(エムティーエイチダン)』といって、相州一帯を中心に活動している賞金稼ぎ(バウンティハンター)の集団である。
ももたろうの首にかけられた賞金を目当てに襲ってきたのだった。
「お前がももたろうか。お前になんの恨みはないが、その首にかけられた賞金をいただきにきたぜ!」
「おい腹ペコども、やっちまいなッ!」
「ぶははは! 脳内分泌物が最大級に分泌されるくらいの血沸き肉踊るような一撃をぶちかますゼ!!!!」
「……」
どうやら中央の四人がボス格のようで、彼らの合図によって『腹ペコ(ハラペコ)』と呼ばれる手下どもが次々と襲ってきた。
もう会場はめっちゃくちゃなことになってしまい、文字通り阿鼻叫喚となった。ももたろうは閼伽凛皇女を守りながら、必死に敵の予襲復讐を防いではいたが、そこは所詮多勢に無勢。どうにも防ぎきれず、ももたろうに最大のピンチが訪れた。
そしてなんとも間の悪いことに、そのタイミングでイヌの少女が水中の棺桶から脱出してくるタイミングと重なった。
「じゃーん! 『幽体離脱』大成功! ってあれ? きゃあっ! イッタイゼンタイどうなってんの、ももたろう!?」
「見ての通りよ! コイツらわたしの首にかけられた賞金を目当てに襲ってきた賞金稼ぎなの!」
「ええっ? もしかしてあたしが『幽体離脱』に成功したとこって誰も見てないの!?」
「え? うん、なんかごめん…。それどころじゃなかったし」
「な、なんですってー!? それじゃあお客さんも誰一人見てないっていうのッ!?」
イヌの少女は絶句してしまい、しばしボーゼンとなってしまった。しかしそこから何かのスイッチが入ってしまったらしく大激怒した。
「おのれ…よくも…よくもあたしのマジックショーを台無しにしてくれたわね、この賞金稼ぎども。もう絶対に許せない。あたしは…あたしはね、すごく怒ってるんだよ!!!」
「れ、れにちゃん?」
次の瞬間、会場にいた全員がイヌの少女の全身がうっすらと紫色に発光するのを目撃した。イヌの少女が怒りの形相で何かブツブツと呪文のようなものを唱え始めると、彼女の全身は稲光を帯びて大気が震え始めた。
「…暗黒のブラックホールよ…、『紫電の魔女』の名において汝に命ずる…。古の盟約に基づき、暗き天より雷の精霊を遣わし、我が敵を灰塵と化せ…。愛を×5。哦。猛烈…」
詠唱が終わると同時に会場は閃光に包まれ、その直後に大爆音を起こした。その場にいた全員が雷撃を受けてしまい、もう誰一人として身動きすることができなかった。
◆ ◆ ◆
「いやー、ごめんごめん。ちょっとやり過ぎちゃったなぁ、あはは」
「あはは、ぢゃないわよッ! 感電死するかと思ったわ!」
「それにしてもまさかれにちゃんが、わたくしたちが探していた『紫電の魔女』だったとはねぇ…」
「うん。ウチは代々魔法使いの家系でね、その力を悪用しようとして近づいてくる連中も多いから、普段は隠して生活しているんだ」
「じゃあ…やはりわたくしたちに協力はしてもらえないということかしら?」
「うーん…最初はそう思ってたんだけど、今は一緒に行ってもいいかなぁって思ってる。だってあたしのマジックでみんなを笑顔にするよりも、ももたろうたちと一緒に鬼退治をした方がはるかにみんなを笑顔にできそうだから」
「れにちゃん、それじゃあ…?」
「うん。いいよ。あたしも協力するよ、鬼退治。だってがっつりがっちり組んだら無敵じゃん? その代わり、あたしにも『キビダンス』を教えて欲しいな」
「もちろんだよ! それじゃあさっそく踊ろうか!」
「あ、あのー。あたしらもついてっていいかな、鬼退治…」
ももたろうがふりかえると、そこには賞金稼ぎたちが立っていた。
「俺たちはただ、鬼に支配されて貧乏になってしまった村の連中に、腹いっぱい焼き肉を食べさせてやりたかっただけなんだ…」
「だからお前たちが鬼退治に行くんなら、俺たちも協力するゼ」
「……」
「みんな…ありがとう。なんだか本当にできる気がしてきたよ、鬼退治。そうだ! みんなにも『キビダンス』を教えてあげる! みんなで踊ろうよ!」
こうして、ももたろうに初めて新しい仲間が加わった――――。
― 第四楽章:黒い終末 完 ―
メモ
【続きの物語を読む】
第五楽章│労働参加率
遮有土の森を踏破中、ももたろう一行は幾度も鬼の襲撃を受けた。弓矢で武装し、レンジ外から狙撃してくる敵に対し苦戦を強いられてゆくももたろう。しかしそこに思いもかけない援軍が現れる。その正体は白光音峠守備隊の白ネコ班長とキジの女の子であった。
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【ひとつ前の物語を読む】
第参楽章│ドレッドノート
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【登場人物紹介を読む】
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【用語辞典を読む】
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【解説(テキストコメンタリー)を読む】
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終末ヒロイン伝『シン・ももたろう』
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